今日は二度、違う場所で発表するという多忙なスケジュールだった。

1)自分の大学で中国語遠隔TV会議について紹介

自分にとっての言語の意味、実践的な言語学習という意味でのTV会議の魅力などを、一年生を中心とした学生に語った。昨夜は一睡もしなかったため、コンディションはよくなかったが、それなりに喋ることができた。
ただ、自分が織り交ぜた面白話は、同席していた言語の先生方にしか、ほぼウケなかった。発表でオヤジ感を抱いたのは初めてだったので、若干ショックを受けた。

2)某T大学の非営利組織論の授業で某NPOでのインターン経験について講演

教壇の上で1時間近くも喋ったのは、初めてだった。午前の発表から1時間半以上の移動があり、よく眠れた。某T大学には初めて行ったが、自分の大学の雰囲気とのギャップに多少不安を感じた。
講演中、私語がすごく気になった。発表に向けた集中力が切れそうになった。自分の話はそんなにつまらないかなぁ、などと思いつつ、多少抑揚を意識して喋った。
講演後は喉が渇き、反応はいまいちだったなぁと考えながら帰る準備をしていたが、トイレに行ってる間に学生から「発表面白かったッス!ためになったッス!」と言われ、本当に聞いてたのかなぁなどと思いつつ、素直に喜んでいる自分がいた。少しでも受講者の意識に変化をもたらすことができたのなら、本当に光栄に思う。

***********************************************

月曜日の日記にも書いたが、人に伝えることの重要性を再確認することができた。相手の気持ち、すなわち聴衆の心を想像しながら喋ったつもりではいるが、それが果たして上手く機能していたかどうかは計りしれない。少なくとも、直感的に(あるいは自己満足的に)何人かの人が興味を持ってくれたはずだ。これからも、物事を貪欲に吸収し、自分の体験を伝えていく旅はつづく・・・(伝えることシリーズ 完)

今日の昼は久々に会う友人とゆっくりと非常に有意義な会話を楽しむことができた。
教員が行くようなちょっとリッチな大学食堂でハンバーグをほおばりながら話したが、社会学ちっくなことから個人的なことまで、様々な話がすべて繋がっていた気がした。

自分が最近悩んでいたことの様相もようやく整理できた。
今日の方法論の授業での触れられたが、閉ざされた質問と開かれた質問をどのように使うかが重要で、それを実践できていない自分をひしひしと感じた。

閉ざされた質問
・チャゲアスは好き?
・○○に行きたい?
・えっ、寝てないの?

開かれた質問
・どんな音楽を聴いているの?
・遊ぶときは、どこによく行くの?
・なんで寝ないの?

友人曰く、自分は気を許した人に対しては圧倒的に閉ざされた質問が増えるところ見る限り、人への興味が薄いらしい。

この世に平等な権利は存在しても、総体的平等など存在しない。人は皆違う。考えが違う。育ちが違う。境遇が違う。
そんな中、マーケティングや営業もそうであろうが、相手が何を考えていて、何を求めているかがコミュニケーションには極めて重要である。

ひとつ大きな目標ができた。

閉ざされた質問と開かれた質問を使い分け、読心力をつけていきたい。

今日は大学の授業で某NPOの代表に講演をしてもらった。
自分は今回、そのセッティングをし、自分自身もインターン活動について語る機会をいただくことができた。

1)ファシリテーター(先輩K氏の言葉を借りて)として

今回は大学の教授とNPO代表の間を取り持った。
お2人は以前から知り合いだったが、お互い久々の再会だったようで、話も盛り上がった。
地域再生など、具体的な話についていくことはできなかったが、いい関係(ネットワーク)を構築する一助になれたことを大変嬉しく思った。

2)プレゼンターとして

インターン活動の経験を伝えた。
語ることはたっぷりあるので、いかにコンパクトにまとめるかが重要だったが、時間はオーバーし催促を受けてしまった。
ただ、ある学生から面白かったです、との言葉をもらったので、これまた嬉しい気がした。
そして、自分の体験したことを周りに伝えていくことの重要性を改めて実感した。