やっぱり4ヵ月もあいてしまうと、
書きたいことがあふれてしまうようで、
書き方を忘れていて、
まとめきらない。
自分の感じていたことを書いておこう。
産後クライシスも抜け出したかなって感じ。
落ち着いてよく考えると、ダンナにはとっても助けられている。
約1ヵ月前から、ダンナが娘を寝かしつけてくれている。
娘が転んで前歯を少し欠いたのがきっかけだった。
授乳時に欠けた部分が当たって痛かったから。
パパだとおっぱいなしで眠れるらしい。
自分からゴローンとして、
ミニーちゃんをぎゅーっとして、
掛け布団をかけてってお願いしてきて、
パパが隣に寝転がって、そして寝るらしい。
私はキッチンから2階の様子を伺っているのだけど、
テンション高い声が聞こえてくるなーと思っても、
すっと静かになるから不思議。
日中一緒にいられない分、ねんねの前が
パパと娘のコミュニケーションタイムになればいいな。
寝かしつけ、お願いできたらいいなぁと思っていたけど、
実際やってもらうと寝室の様子が気になって仕方ない。
つくづく勝手なもんだなぁと思う。
どんなおしゃべりをしているのか、
私も混ぜてほしい気持ちになることもあるけど今は我慢。
毎回、ダンナに今日はどんな風に寝たのかを話してもらう。
それを聞くのが私の楽しみ。
ダンナは早く風呂に入りたいかもしれないけど、
それは付き合ってもらおう。
私とダンナのコミュニケーションタイムだ。
それで気付いたことがある。
一時期、寝かしつけがうまくいかなかったり、
何度も起きたりで、ダンナにイライラしてしまったことがある。
「どうだった?」「どんな風に寝た?」
今ダンナとしているような、
そんなコミュニケーションが欲しかったんだね、私。
それだけで気にかけてもらえてる、労わってもらってるって感じるんだよね。
ふむふむ。
またそんな自分に気付けた。
「今日こんなことあったんだよー」って話して、
ダンナが爆笑する時、幸せだなぁと思う。
当たり前のことだけど、そんな時間を大切にしたいと改めて思った。
子育てをしていると、私ってこんな人だったんだって気づくことがよくあるなぁ。
それにしても寝かしつけをパパがしてくれるようになって、
すごく楽になった。
ありがたや~。
ダンナの絵本読み聞かせ、ハードロックver。
ビデオ撮っとけば良かったなぁ。
もう二度とできないだろう。
スローテンポで始まり、デデデデデと突然転調。
クライマックス前でまさかの娘大あくび。
爆笑。
そして動揺の替え歌ver。
ももたろさんがきびだんごあげないの。
100円で売ろうとして、
買う買うって言われたらやっぱりあげないって歌。
即興の割にうまくまとまってて、これも二度と歌えないね。
朝ドラのめいこちゃん、偉いなぁ。
すんごい小姑にいじめられてるのに、
どうしたらご飯が楽しいおうちになるのか、
一生懸命考えて行動してる。
私もそんなヨメになりたかったけど、全然努力しなかった。
あ、うちはいじめられるとか全然ないよ。
むしろ、すごく良くしてもらってる。
ただ、文化が違うのは実感してる。
結構悩みの大部分を占めていた問題が、
少しずつ解決してきてる。
娘の夕飯をどこで食べるか、どんな風に食べるか。
一番の理想はみんなで揃っていただきますをして、
テレビは消して、おしゃべりしながらなのだけど、
「いただきます」をみんなで揃ってするのがこんなに大変だと思わなかった。
批判しているわけではなくて、これはね、文化の違い。
お嫁に来て、カルチャーショックだった部分だけど、
やっぱり私も慣れてしまうんだよね。
で、娘の成長と共にまた気になるようになって。
でもね、改善を試みる前から諦めてしまってた部分があってね。
娘に助けてもらった。
とりあえず、
・娘が一人で食事をすることはしない。
(たいがい、私とじいちゃんは一緒に食べる。)
・娘の食事中はテレビを消す。
これはできるようになった。
簡単なことのようで、いっぱい葛藤もあった。
もしお姉が同じことで悩んでたとしたら、
「みんなで一緒に食べましょう」
「テレビ消してください」
って言えばいいじゃん、簡単じゃんって言ったと思う。
でも、なかなか言えないこともあるんだなと分かった。
そして、もしお姉がここにいたら、
箸をつけるタイミングが分からないだろうなと思う。
みんなが着席してから食べ始める人だから。笑。
言ったら改善してくれる家族なのは分かってる。
でも、なかなか言えないんだよね。
そういうこともあるんだ。
「そんなにテレビが見たいですか?」と
何度思ったか分からない。
ダンナにも何度も言った。笑
今はまだ話さない娘だけど、
食卓に来た人に箸を手渡したり、
指さして、「食べて食べて」とする姿を見ると、
「一緒に食べよう」って言っているように感じるよ。
話すようになって、
「なんでみんなで食べないの?」と聞かれたら、
私は何も答えられないなぁ。
ってか、これってもしかして私が変なのかしら?
こだわりすぎ?
ダンナと娘と3人で食べる時は、
できるだけ一緒に。これはこだわるよ。
子供って、その家庭に必要なものを持ってきてくれるなと思う。
みんなで何かするってことが少ない家だけど、
娘が来てくれて、その機会が増えた。
自分がりんごを食べる時はみんなにりんごを手渡すし、
結んで開いてとかぞうさんの手振りは、
みんなにやってと指示をする。
家族をつないでくれる娘に感謝すると同時に、
私も少しずつ変わっていきたい。
それは環境に合わせて妥協するのではなくて、
もっとみんなが気持ちよく暮らせるように。
慣れと妥協。
こだわりと意地。
境界線が難しいなぁ。
最近、愛想笑いというか作り笑顔をする娘。
ニコニコーと言うと、目をつぶってニコニコみたいな目をする。
ママ友の話を聞いていると、どうやら、こういう時期があるらしい。
私の真似してるなーと思うこともある。
イヤイヤ期も確実に近づいてきてる。
首を横に振るし、手ではらおうとするし、
うつ伏せになって駄々こねるし、
「イアーオー」みたいな声で嫌なことを主張するし、
ちょっと気に入らないとスプーンとか投げたりするし、
手におえないほどではないけど、
来たぞ来たぞと思っている。
娘がどんなに泣いても怒っても、大好きな気持ちは変わらないのだと、
私がどんなにイラついても、伝えていきたいと思う。
イヤイヤ期も面白がれたらいいなぁ。
ではこの辺で。
ヨメ
書きたいことがあふれてしまうようで、
書き方を忘れていて、
まとめきらない。
自分の感じていたことを書いておこう。
産後クライシスも抜け出したかなって感じ。
落ち着いてよく考えると、ダンナにはとっても助けられている。
約1ヵ月前から、ダンナが娘を寝かしつけてくれている。
娘が転んで前歯を少し欠いたのがきっかけだった。
授乳時に欠けた部分が当たって痛かったから。
パパだとおっぱいなしで眠れるらしい。
自分からゴローンとして、
ミニーちゃんをぎゅーっとして、
掛け布団をかけてってお願いしてきて、
パパが隣に寝転がって、そして寝るらしい。
私はキッチンから2階の様子を伺っているのだけど、
テンション高い声が聞こえてくるなーと思っても、
すっと静かになるから不思議。
日中一緒にいられない分、ねんねの前が
パパと娘のコミュニケーションタイムになればいいな。
寝かしつけ、お願いできたらいいなぁと思っていたけど、
実際やってもらうと寝室の様子が気になって仕方ない。
つくづく勝手なもんだなぁと思う。
どんなおしゃべりをしているのか、
私も混ぜてほしい気持ちになることもあるけど今は我慢。
毎回、ダンナに今日はどんな風に寝たのかを話してもらう。
それを聞くのが私の楽しみ。
ダンナは早く風呂に入りたいかもしれないけど、
それは付き合ってもらおう。
私とダンナのコミュニケーションタイムだ。
それで気付いたことがある。
一時期、寝かしつけがうまくいかなかったり、
何度も起きたりで、ダンナにイライラしてしまったことがある。
「どうだった?」「どんな風に寝た?」
今ダンナとしているような、
そんなコミュニケーションが欲しかったんだね、私。
それだけで気にかけてもらえてる、労わってもらってるって感じるんだよね。
ふむふむ。
またそんな自分に気付けた。
「今日こんなことあったんだよー」って話して、
ダンナが爆笑する時、幸せだなぁと思う。
当たり前のことだけど、そんな時間を大切にしたいと改めて思った。
子育てをしていると、私ってこんな人だったんだって気づくことがよくあるなぁ。
それにしても寝かしつけをパパがしてくれるようになって、
すごく楽になった。
ありがたや~。
ダンナの絵本読み聞かせ、ハードロックver。
ビデオ撮っとけば良かったなぁ。
もう二度とできないだろう。
スローテンポで始まり、デデデデデと突然転調。
クライマックス前でまさかの娘大あくび。
爆笑。
そして動揺の替え歌ver。
ももたろさんがきびだんごあげないの。
100円で売ろうとして、
買う買うって言われたらやっぱりあげないって歌。
即興の割にうまくまとまってて、これも二度と歌えないね。
朝ドラのめいこちゃん、偉いなぁ。
すんごい小姑にいじめられてるのに、
どうしたらご飯が楽しいおうちになるのか、
一生懸命考えて行動してる。
私もそんなヨメになりたかったけど、全然努力しなかった。
あ、うちはいじめられるとか全然ないよ。
むしろ、すごく良くしてもらってる。
ただ、文化が違うのは実感してる。
結構悩みの大部分を占めていた問題が、
少しずつ解決してきてる。
娘の夕飯をどこで食べるか、どんな風に食べるか。
一番の理想はみんなで揃っていただきますをして、
テレビは消して、おしゃべりしながらなのだけど、
「いただきます」をみんなで揃ってするのがこんなに大変だと思わなかった。
批判しているわけではなくて、これはね、文化の違い。
お嫁に来て、カルチャーショックだった部分だけど、
やっぱり私も慣れてしまうんだよね。
で、娘の成長と共にまた気になるようになって。
でもね、改善を試みる前から諦めてしまってた部分があってね。
娘に助けてもらった。
とりあえず、
・娘が一人で食事をすることはしない。
(たいがい、私とじいちゃんは一緒に食べる。)
・娘の食事中はテレビを消す。
これはできるようになった。
簡単なことのようで、いっぱい葛藤もあった。
もしお姉が同じことで悩んでたとしたら、
「みんなで一緒に食べましょう」
「テレビ消してください」
って言えばいいじゃん、簡単じゃんって言ったと思う。
でも、なかなか言えないこともあるんだなと分かった。
そして、もしお姉がここにいたら、
箸をつけるタイミングが分からないだろうなと思う。
みんなが着席してから食べ始める人だから。笑。
言ったら改善してくれる家族なのは分かってる。
でも、なかなか言えないんだよね。
そういうこともあるんだ。
「そんなにテレビが見たいですか?」と
何度思ったか分からない。
ダンナにも何度も言った。笑
今はまだ話さない娘だけど、
食卓に来た人に箸を手渡したり、
指さして、「食べて食べて」とする姿を見ると、
「一緒に食べよう」って言っているように感じるよ。
話すようになって、
「なんでみんなで食べないの?」と聞かれたら、
私は何も答えられないなぁ。
ってか、これってもしかして私が変なのかしら?
こだわりすぎ?
ダンナと娘と3人で食べる時は、
できるだけ一緒に。これはこだわるよ。
子供って、その家庭に必要なものを持ってきてくれるなと思う。
みんなで何かするってことが少ない家だけど、
娘が来てくれて、その機会が増えた。
自分がりんごを食べる時はみんなにりんごを手渡すし、
結んで開いてとかぞうさんの手振りは、
みんなにやってと指示をする。
家族をつないでくれる娘に感謝すると同時に、
私も少しずつ変わっていきたい。
それは環境に合わせて妥協するのではなくて、
もっとみんなが気持ちよく暮らせるように。
慣れと妥協。
こだわりと意地。
境界線が難しいなぁ。
最近、愛想笑いというか作り笑顔をする娘。
ニコニコーと言うと、目をつぶってニコニコみたいな目をする。
ママ友の話を聞いていると、どうやら、こういう時期があるらしい。
私の真似してるなーと思うこともある。
イヤイヤ期も確実に近づいてきてる。
首を横に振るし、手ではらおうとするし、
うつ伏せになって駄々こねるし、
「イアーオー」みたいな声で嫌なことを主張するし、
ちょっと気に入らないとスプーンとか投げたりするし、
手におえないほどではないけど、
来たぞ来たぞと思っている。
娘がどんなに泣いても怒っても、大好きな気持ちは変わらないのだと、
私がどんなにイラついても、伝えていきたいと思う。
イヤイヤ期も面白がれたらいいなぁ。
ではこの辺で。
ヨメ