妊娠初期の頃、出血があった。

正確には、9週の時。

夜中に子宮が収縮するのが分かって目が覚めた。

何かが出てる、出血だというのも感覚的に分かった。

まだ安定期でも全然なかったし、流産の可能性もあった。

でも確かめるのが怖くて怖くて、

さっさとトイレに行けばいいのに、全然行けなくて。

意を決して、恐る恐る確認すると、やっぱり出血してた。

そこから一睡もできなくなって。

それまでは情報収集しすぎると、不安なことも増えるから、

あんまり調べないようにしていたんだけど、

さすがに調べた。

そしたら余計に怖くなったのだけど。


朝になって、だんなに話して、

だんなが病院に行く手筈を整えてくれて。

だんなも携帯で調べたんだろうね。

でもね、こう言ったの。

「怖いけど、、、、、、信じる。」って。


そうなの。

私も夜中からずっと祈るしかできなかった。

赤ちゃんの生命力を信じるしかなかった。

本当にお腹の中にいるのかも分からない生命の、

心臓を動かしてあげることも、

代わってあげることも、

何もできないんだって。

ただ、この子の生命力を信じるのみ。


あー、親への第一歩ってこれなんだなって思った。

我が子のことを「信じる」

これが一番の親の仕事。

このことは忘れたくないとずっと思ってたから、

今こうして文章にしておくことにした。

私のことだから、きっとこの先、迷ってしまうことがあると思うから。



もう1つ。

妊娠中に改めて感じたけれど、

つわりの症状一つとっても、本当に個人差がある。

同じ時期に妊婦だった友達に聞いても、全然違う。

いろんな情報があって、参考になることも沢山あるけれど、

全くおんなじなんてことはありえない。

子供に関しても、おんなじことが言えるんだろうな。

ここにも親への第一歩があったんだけど、

「比べない」

自分のこともそうだけど、子供のこともそう。

他の人と比べて、一喜一憂してたらきりがない。

多分、身が持たない。

もちろん、成長の目安とか、いいなと思うことは参考にするけどね。


あともう1つ。

「見極める」ってことかな。

「信じる」「比べない」ってことは大前提だけど、

今、どんな状態で、どんなことが必要なのか、

「見極める」力も必要だなって。

ただ、祈ってるだけじゃダメな場合だってあるし、

情報が必要な場合だってある。

その時その時で、一番適切な行動ができるようにしたい。


って、何だかすごーく当たり前のことを書いてるんだけども、

妊娠中にストンと体に落ちたって感じなんだよね。

自分の備忘のために。


なんだかね、世のお母さん達は、こんな風に一歩一歩、

親への階段をのぼって行ったのかなって思うと、

本当に尊敬する。


よめ

あ、結局出血は問題なかったんだけどね。

ちょっとしたことにビクビクしてました~。