がん宣告から今日までのまとめ(22)

『癌で突然死する事実』

 

前回のブログでがんには人生を整理する時間があると書きましたが、「突然死」するという事実もあります。この話を聞いて手術までの間に「突然死」の不安が増大したのも事実ですが、幸運にもその事実を知ったことで手術という今日までの道を踏み出せたのです。

私が2017年9月に気管癌切除手術を受ける前のライブドアブログの記事です。

 

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ももさんという方から、ブログ記事へのコメントをいただきました。ももさんのお父様、まさに今の私と同じ病気(気管癌)で同じ状況だったのですね。自覚症状はなく、ある日の朝いつものように出勤されて、職場で突然呼吸困難に陥り病院に搬送され亡くなったそうです。死因は気管内にできた癌による窒息。健康診断も毎年受けておられたそうですが異常はなかったとのことです。私も会社の健康診断だけでお茶を濁し、娘に背中を押されて大学病院で精密検査を受けなければ、結果「異常なし」で今でもいつもどおり仕事を、トレーニングをしていたのでしょう。そして、亀田京橋クリニックの岸本医師が仰ったように数ヵ月後にはももさんのお父様のように突然倒れ亡くなっていたのでしょう。

 

私は精密検査を受けたことにより気管癌が発覚。ギリギリとは言え手術を受けることが出来るのです。障害は残るものの「生き残る可能性」があります。身辺整理をする時間も少なからずあります。今、仕事をしながら、仕事の引継ぎ、公私にわたる身辺整理をあわただしくしています。

 

ももさんがおっしゃるように、癌系でなかった家系なのに、何故、母(2014年11月)、父(2016年6月)が、続けて癌になり入院後それぞれ1週間、10日で逝去、そして、今、私自身、両親より27歳も若いのに「ステージ4の気管癌」を宣告され、「何故、癌になったのだろう?こんなに健康的な生活をしているのに。」と考えることは当然のこととは思います。

 

ももさんもお父様が亡くなった後、そのように考えられ「人間関係と受動喫煙(父は非喫煙者でした)が主な原因なのだろうと思っています。」という結論に至ったのと同様、私の場合は「身近にいた人との人間関係と環境汚染だろう。」と考えました。それ以外の家族、親戚、職場の人達、大勢いる友人との人間関係はきわめて良好ですから。癌宣告以来、応援してくれる大勢の人々の優しさに涙しない日はないのですから。

 

ももさんが私に伝えたいことは「生きられる可能性がある以上、癌になった原因やそれまでのしがらみなどは一切忘れて、生きることだけに専念してほしい。生還した暁には、新たな生きがいを見つけて第2の人生を謳歌してほしい。そのためならばいくらでも手助けしよう。」と受け止めました。そのとおりだと思います。大丈夫です。ネガティブな思念からは何も良いことは生まれないことも知っています。ももさんのおっしゃる通り「生きられる可能性がある以上、癌になった原因やそれまでのしがらみなどは一切忘れて、生きることだけに専念します。生還した暁には、新たな生きがいを見つけて第2の人生を謳歌します。」心、穏やかな未来を心温かな人々とともに笑顔で健やかに過ごします!!

ももさん、本当にありがとうございます。本当に参考になりました。心に染みました。

 

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※この記事から5年が経過しました。再発、転移がしやすいというがんの性質上2度の肺転移があったもののこれは想定内。一緒に遊んでくれる(笑)友人たちだけでなく亀田病院入院時には想像もしなかった二人の孫息子にも恵まれて、第二の人生を謳歌できていると思うこの頃です。

 

【今日のトレーニング】

12月27日火曜日です。テレビの韓国ドラマも「次の放送は1月4日より」とのテロップが流れました。

今朝の公園は、風が無かったのでさほど寒さを感じませんでした。

◎斜めプッシュアップ 50回×5セット

◎ハンギングレッグレイズ 20回×5セット

(※出来る事をコツコツ積み重ねる。それだけ。)

 

(※公園を走り回る4歳なったばかりの孫息子。滑り台も何回やらされたことか。ついて行けません(笑)。)

 

(※1歳の誕生日に一升餅を背負う孫息子。何事にも興味津々。目が離せません。握力も強くとてもパワフルです。)

 

1歳と4歳になったばかりの孫息子たち。その走り回る元気さ、パワーには舌を巻いています。気管孔の体でもまだまだチビには負けないと思っていましたが、4歳児について行けません。強い握力、一升餅を背負う1歳児のパワーにも舌を巻いています。