スマホ・ストレージ 『中国古代の生活史』 | Hiroshiのブログ

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今後不定期投稿となります

<数値目標>

中国語のまおちゃん先生。+ 誰でも簡単、ネィティブ中国語。3h.


運動、1.4km. 2,648歩、2階。


<world news>

BBC: 中東からの輸入は5%だが、英国でもエネルギー価格急増。/ 米軍、カーグ島攻略か?

CNA: フランスでG7オンライン会議。エネルギー危機関連話題。/ 韓国、エネルギー危機で運転制限。

KBS: 米国早期監視機一機爆破さる。ロシアが情報提供か?/ 1ドル、1,500ウォン安。/ キムの娘が後継者か?

CCTV: 台湾国民党主席訪中。

上海: 米国、台湾訪問批判。/ 自衛官の大使館進入批判。/ 中朝直行便再開。

香港: 枢機卿、エルサレムでの儀式イスラエルに阻止さる。/ イスラエル、レバノン南部を緩衝地帯設置へ。1,200人死者と3人ジャーナリスト死亡。

MCOT: チェンマイ地区で山火事拡大で大気汚染拡大。麻薬組織が放火か?/ エネルギー価格急増で漁業に影響。運賃高騰。

VTV: エネルギー価格不正に取締り厳格化。/ 旱魃、中部高原広がる。

ABC: オーストラリアはエネルギー税半分に値下げ。/ インドでエネルギー不足で肥料不足。/ 投資詐欺にAI利用犯罪拡大。

NDTV: イスラエル、レバノン南部を交通網爆破、切断し緩衝地帯へ。

アルジャジーラ: 米イ妥協困難。エタニエフは戦闘継続声明。

ZDF: トルコ、攻撃を迎撃。/ トランプ、イランの発電所爆撃の脅し。米国民は陸上戦に反対。/ インフレ率 2.7%へ<エネルギー不足と価格急増。/ ガソリンスタンドは価格上昇は1日1回。/ シリアの暫定大統領、ドイツ訪問>難民帰還問題。


世界中にエネルギー危機広がる、トランプに出口戦略があるのか?

バラマキの補助金より省エネが本来‼️



<満開>

団地周囲、崖沿いの散歩道の桜はほぼ満開。雨が降るとの予報だったので、その前に運動を兼ねて午後から散策。





<2つのSNSの動画の違い>

iPhoneSEはスマホのストレージが64GBしかない。基本、Wi-Fi専用のバックアップ用 (0.5GB. 554円) なので問題無いと思っていたが、小型で夜間寝床で使う事が多くてへぺろ 特に動画を観るので大量のストレージを使用することがわかった。それでSEでの動画使用を暫く制限したら、1月半でほぼ1GBのストレージが元に戻った。



一方で、amebloも同じく良く使うが、こちらはそれほどではない。10倍以上の違い。15.07GB vs 1.47GB。


つまり、WeChatの動画はスマホにストレージされるが、amebloの動画 (=宣伝) は【通信量を消費する】だけでストレージは消費しない。それが差に現れるのだろう。これは私の推測。


確かにWeChatは後から動画を再度観る事が可能だが、amebloは宣伝動画は流れるだけで、再度の閲覧は不可。ここに両者の違いがある。楽しい動画はつい何度も観てしまうてへぺろ 下の動画はWechatのAI作成版爆笑


それは兎も角、amebloの方式は通信会社にはウハウハ状態。もしかすると、docomoやソフトバンクから裏で資金を得ているかも?ニヤリ




<学歴>

未だに続く学歴詐称の裁判。馬鹿じゃないかと思う。


学歴至上主義の日本。それでは世界に遅れる筈だ。卒業より、除籍、中断がカッコいいと思う人間グラサン 因みに私は大学院は中退で就職しました爆笑 でも、それが何か⁇


全ては『何をしたか』だろう? 学歴は関係ない‼️




『中国古代の生活史』

林 巳奈夫(みなお)著、吉川弘文館、2009年初版。


この本は1970年から75年迄の共同研究、『漢代文物の研究』の報告書が元になっているとか。当時は文革の最中で1966年の訪中後、情報は閉ざされ、それまでに得られた、僅かで、かつ質の劣る写真しか無かったらしい。p210


その後、改革解放後から大量の発掘がなされたから、状況は変わっただろうが、そうした限られた材料での研究も意味がある事がこの本で分かる。


最初は身なりについて。考古学的史料からは前7世紀には男女共に髪は結っていた。ザンバラ髪なのは野蛮とされたみたいだ。p2


これについては髪に対する観念があるとする。即ち、髪は生命を活気づけるエネルギーの宿る所と考えられていた。p9


少なくとも前7世紀には高貴な階級では男女共に軟玉製の大層な飾りを付けていたが、前2世紀頃から腰に吊るすもの等に限られてくるとか。p12


また、青銅製の鏡はもともとは化粧用の道具で、日本にもたらされると用法が変わったとか。p13


河北省の藁城(こうじょう)から前2,000年頃の住居跡が発掘されたが、壁の下部は版築、上部は泥煉瓦、屋根は木材を渡して、上に葦の束を載せて短く刻んだワラを混ぜた泥を被せたものだったとか。

p15


また家屋構造は四面が壁の「室」と、前面吹き抜けの「堂」だったとか。p16

15頁の図2-2に図解されている。



これらの建物は自前の井戸や醸造所等を備え、貧しい農民ではなく比較的豊かな庶民と思われる。