<数値目標>
https://www.duolingo.com/learn
ダイヤモンドリーグ +89XP,27732XP,一个小时二分钟。
https://www.youtube.com/watch?v=-aNrg-q3u7w&list=PLrWxcegPNiyj-M05glrorpUrXekNDKejm&index=9
HSK3~4 #7~#9 背了四十七分钟单词。
https://www.youtube.com/watch?v=zsSqofKyzOM&list=PLFXE399Rro4WugCZHrOZMMX9hHGvH_Po4
学了二十六分钟李ちゃん频道。一共两个小时十五分钟。
今日は4月1日でもあるし、勉強と読書は午前中のみ、あとは年度初め(?)ということで遊び倒す。
<定年後のリアル>
今日は新しい年度のスタートの日。定年退職後3年経つのでここで定年後のリアル、特に経済的な面をまとめてみた。今後、定年(=年金生活)を迎える人にも参考になるかも? 因みに私の場合年金額は最終年度の収入の1/4以下(涙)
1年目:
色々出て行くお金が多く、とりわけ税金は前年度の給与所得から計算されるので大きい。また住宅ローンの完済も済ませたので、貯蓄が150万円近く低下した(汗) 丁度、「老後資金2000万円」が話題になっていたが、2000万円でも足らないな、と思ったくらいだ。実際、老後資金は3000万円必要だとも聞いていた。
https://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/5421/trackback
2年目:
多少その余波(税金は前年3月までの給与で計算される)があったが、トントンで推移した。その間、色々な「ダウンサイジング・プロジェクト」を敢行したので、むしろ後半には貯蓄が増え始めた程。
銀行口座やカード会社を1つに整理して金銭の出入りを簡単にアプリで管理できるようにした >これは現実的に効果的です。超~お勧めです。
重複してかけていた健康保険、自動車保険、無駄な積み立て債などを整理した。実は沢山無駄にかけていることが往々にしてある。現役時代はそうしたことに無頓着。これは行動経済学で話題になるデフォルト仕様が理由。
その他、細かいことだが通信費も無駄に払っている場合が多い。以前は毎月8,000円ほどだったが、見直したら現在3000円程度で済んでいる。特に動画などは家のWifiに繋いで観ると1月通信量は1G以内で済む。是非ご検討あれ!
3年目:
2回目の家のリホームで100万円強が出て行ったが、明らかに収支は+(上のグラフを見ると+70万円程度?)に転じていた。これはコロナの影響で年数回行っていた海外旅行がなかったこともあるかも?
https://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/6181/trackback
いずれにせよ、両親の介護の費用は不要だし、必要なのは自分の介護費用と葬式分。自宅のリホームは多分ないだろうが、車は新たに購入がもう1回くらい必要かもしれない。 以上結論として、今後、超インフレにでもない限り、十分やっていけそうだ♪
個人的に少しも辛抱しているという感じがない。人生の最後に辛抱するのはつまらない!! 趣味については減らすべきではないと考える、ジムはコロナで止めたがダンス教室は続けているし、スタバには毎月1万円以上使っている。 <これは流石に贅沢か?(汗)またNGOなどに収入の5%は寄付することを心がけている。今年は10万円の給付金でちょっと超過ギミ? でも、それは一向に構わない(笑)
最後に1つ重要な事を指摘しておこう。それは持ち家が定年後の生活に余裕を与えるということだ。実は長いあいだ「持ち家」というのには否定的だった。それは就職などで大きな足枷になったから。それはリモートワークという概念が生まれ始めた現在でも多くの人にとってまだ変わらないはず。しかしいざ年金生活に入れば借家では固定費としてかなりの金額が毎月出て行く。福岡の場合、最低でも5~6万円はかかるだろう。これは年金生活者にとっては大きいはず。例えリホームで何度かそれなりの額の金額が出て行くにしてもだ。(私の場合2回で合計250万円程度)
持ち家についてはそれぞれの人のライフスタイルとの兼ね合いがあるので一概には言えないが、自分の場合、人生の中間期には負担になったが、後半期には利点となった。
『阿片戦争』(後)3
香港島は英国が占領する前は住民が5千人程度。それが占領後1万人近くまでなる。理由は仕事があるから。p198
広州での本格的な戦闘で兵士の逃亡が酷かった。p210 例えばある要塞での戦死した兵隊はわずか20名、その中に提督がいた。但し、逃走中に英軍の砲撃で死んだ兵は夥しい数になったらしい。p217 それだけ清国の軍隊は腐敗していた。『好き鉄は釘に打たず、好き人は兵にならず=好鉄不打釘、好人不当兵』。p218
英軍は提督の遺体に礼を尽くし、その遺体の帰還に礼砲を鳴らしたとか。p219 少なくともこの点について英軍の方が清軍よりははるかにレベルが高いと言わざるをえない。まさしく中国にとては屈辱の近代史。
罷免された林則徐は行きと同様、珠江経由で浙江省に向かう。南雄まで2週間とのこと。p266 Google mapで南洲を確認する。場所は江西省と広東省の境、広東省内。いつも不思議に思うのはこの時代まで外洋より陸路=水路が普通だという事だ。外洋を移動する技術が無かったという事か?
広東での民衆の英軍に対する抵抗=カントン戦役、p307 では2万の暴徒が加わったとの事。p299 これはどれほど正確に歴史を表しているかは不明だが著者は市井の流布した史料をもとに議論する。例えば『広東軍務記』p302、p316
ここで義勇兵に水上生活者を募ったという。p313 これには驚きだ、なぜなら当時水上生活者は一段と低く見られていたから。こうした勢力がやがてあの太平天国の参加することになる。p318