日本の生産性が低いわけ & 『われらの子ども』5 | Hiroshiのブログ

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今後不定期投稿となります

<数値目標>
https://www.duolingo.com/learn
アメジストリーグ + 20XP,21030 XP,二十一分钟。

https://www.youtube.com/watch?v=-aNrg-q3u7w&list=PLrWxcegPNiyj-M05glrorpUrXekNDKejm&index=9
HSK4,#8~9 背了四十四分钟单词。一共一个小时五分钟。

本日は余計なことに煩わされ勉強意欲ゼロ。ついに勉強は諦め防寒服を着込み半分屋外で読書三昧、web三昧(汗)『ドバイがクール』を1冊読み上げる。内容は知識の羅列、読む解く内容ではないので簡単に読み終えるタイプ。

运动;爬山散步4.4km, 6709步,12楼。



<暖房開始>
10日朝より暖房開始。去年の記録はないが一昨年は11/2に石油ファンヒーターをスタートしている。昼間でもかなり寒くなったが、それでも着込んで半分屋外で読書とweb検索の習慣が止まらない。多少寒くても屋内に篭っているより快適。それと気をつけるようにはしているが、あの「人をダメにするソファー」の効果は抜群(汗)防寒服とソファーに包まれながら外の冷たい外気にあたるのは結構快適。まだまだ続けそう。



<本当に言いたかった言葉>
昨夜から今朝にかけて公民館関連の急な要件で合計7回の電話連絡。1度こちらからショートメッセージを出したが返信はなく、全て電話連絡。先日の国勢調査の調査員をやっていた時にも感じたことだが、工事関係の業者さんや地区の住民の人の多くが未だに電話連絡をする。そんな時、

『スマホ(ネット)だと簡単に(連絡や回答が)出来るので便利ですよ』

と何度か勧めた。しかし実際に言いたかった言葉は、

『ネットで回答してくれると、裏方は手間も時間も奪われず楽なんですが…』

     あるいは、

『忙しいので電話せずにメールで連絡してくださいね』

そうは流石に言えないから『スマホて、便利ですよ』と言っていただけ。

ホリエモンは 『電話をかけてくる人とは仕事するな』 と言っていたが同感。こちらの都合とは無関係に時間を拘束される電話は今やとても苦痛に感じる。過激な言い方かもしれないが、未だに電話をかけてくる人は他人の時間を大事にしていない。
https://toyokeizai.net/articles/-/174408


…大げさなことを云えば、日本の生産性の低さがここに象徴されている。7回の電話の手間以上に、7回目で漸く物事が先に進む。それまで半日何も先に進まない。もしメールで要件が返信で伝えられれば全てが解決したはず。多分、寝る前に気がついて返信しておけばその日のうちに完結したはず。



<街路樹用の銀杏について>
昨日銀杏採取がうまくいかなかった理由について調べてみた。
https://news.livedoor.com/article/detail/17276957/

銀杏には雌雄があるらしいことは知っていたが。それでも一部に小さな銀杏の実をつけている樹があるのは何故か? その答えは結局不明だが、街路樹に銀杏を植える場合の様々なことについて少し知識を得たことで、説明可能な仮説(推理)ができた♪

街路樹に銀杏を植えるのは元々銀杏が病気に強いことがあり、また環境耐性もあり手間がかからず、剪定にも強いのが理由。但し冬になると臭い実をつけるので、その点は場合によっては嫌われる(もちろん、実をとるという意味ではむしろ逆に好まれる)

そうした事情から <雄の木だけを街路樹に植える> ということが考えられるが、実は植える段階では雌雄の判別は難しいらしい。そこで判別可能な時期になってから雄の枝を雌の木に接ぎ木するという手段を取ることもあるらしい。

もしかすると、そのせいかもしれない。大部分の枝は雄だが少し雌の枝が取り残されていて、そこから僅かながら銀杏が実をつけるということがあるかも? 

但し、それでもまだ実がなぜ小さいのかは疑問として残っている。これについては銀杏にも実の大きさに差のある品種が有るらしく、それが理由かもしれない。(但し小さい実をつけるという種類は探しきれなかった)

以上の情報から以下は、個人的推理。

街路樹としては、雄の銀杏を植えるのが理想的だが、判別が難しいので小さな実をつける品種の雄と思われるものを選択的に植える。判別ができた時点で雌だったならば接木で雄の枝をつける。それゆえ、一部の枝が小さい実をつけるということではないか?


これを示唆する状況証拠として、街路樹の銀杏は全て実をつけていない(雄、あるいは雄に完全接木された)樹だが、坂に植えられた樹には一部実が付いている雌が存在する。

つまり斜面に植えられた銀杏は臭い実をつけても実害がない(その側を人は通らない)し、斜面だと接木も大変(危険でもある)なので完全な接木は期待されていない、ということかもしれない。
https://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/6359/trackback



<チリのサンチアゴのコロナ下の便り>
火曜の夜の『世界ふれあい街歩き』の最後の1分間の便り。
https://www4.nhk.or.jp/sekaimachi/x/2020-11-17/10/7337/2204393/

路上の花屋さんは、コロナ下の厳戒態勢の中で「花の癒しの効果」に今更ながら気がついたとか。
ゴーカートの修理工さんは自宅待機で飼い猫とともに太ったとか。

皆んな、それぞれ頑張っているね!



『われらの子ども』5
ここで舞台は南カルフォルニア、オレンジ州に移る。ここはヒスパニック(ラティーノ)が多いが、その中でも豊かなラティーノ地域と貧しいラティーノ地域が分断されている。p156 

表4.1に2つの典型的な高校のデーターが示される。p157

この2つの高校はフリーウェーでわずか15分の距離に位置するが環境は全く異なっている。p169  ここで著者が強調したいことの1つに人種間の格差は縮小しているのに対し、人種内での格差=経済格差が拡大しているということ。p184 同じラティーノの中で格差が拡大しているということだ。これを示す2つの高校のスコアーの原因を公的資源の配分に期することができないのは多くのデーターが示しているという。p189 

例えば表4.1に示されているように、教師の給料も数も学歴も差はない。むしろカウセラーの整備は貧困校の方が優れてる。それよりも『誰が一緒に学校に行っているか?』p182 即ち、親の存在=経済的な面を含めての家庭環境とそれを支える地域コミュニティーだという。ここで『ストリートを選んだ』という表現が出てくる。p173 これは先の「フード」と同じで犯罪に手を染めるという意味合いを持つらしい。

そうですか! Street Salsa (= Street dance)にある種の憧れ?を持っていた者からすれば、そのような意味のもStreetにあるのか!という感じだ。

ここでも格差拡大は最近大きくなってきたことを数字で示す。成績に関しては2001年に生まれた子供の間の差は四半世紀前に比べ30~40%差が広がっているという。p184 著者はこれを「ハサミ状」と表現するが、p199 むしろ「ワニの口」の表現の方が当たっているように思う。

こうした原因に2つのことがよく指摘されるが、それを示す証拠はないという。1つは成績別クラス。もう1つは高額な授業料を必要とする私立学校。p196

重要なことが書かれていた、それは様々な資料から「課外活動」が子供の認知能力や心理的精神的能力、犯罪から遠ざかることなどに貢献をしているとのデーターだ。 p197 唯一逆相関はスポーツ活動参加と飲酒、これは個人的体験からもよくわかる(笑)20前に酒を覚えたのは私もクラブ活動だった! p198

問題はそうした課外活動が近年縮小したのみならず、それまで無償で行われていたこうした活動が有料になったことだ。この数十年間で課外活動を自己負担としてきた。p204 著者はこうした教育委員会の決定(=受益者負担)は歴史的責任から撤退したことが格差拡大を拡大したと断定している。p205

その結果、貧しい子供達はそうでない子供に比べスポーツとクラブのどちらにも参加していない割合が3倍高いとか。p199 しかもそうした傾向は1992年から広がり始めている(1982年までに比べ)<10年おきの調査のため。p200



明日「独身の日」の大販売祭に向け忙しそうだ。