『龍の起源』3 | Hiroshiのブログ

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今後不定期投稿となります

<数値目標>
https://www.duolingo.com/learn
アメジストリーグ 60XP。+30 十五分钟。

https://www.youtube.com/watch?v=xer8C_poG98&list=PLrWxcegPNiyj-M05glrorpUrXekNDKejm&index=10
HSK4, 2/6~3/6 背了四十九分钟单词。

https://www.youtube.com/watch?v=CATS3KGLq6c&list=PL41R2vH_CL43WOFSr2BhtE8V5W5DzG_yh
中国語フレーズ1000, 一个小时十分钟。一共两个小时十四分钟。

运动;一个Salsa课



勉強意欲なし。最後は時間合わせの聞き流し(汗)こんな日は読書も進まない。困ったものだ。それでは、ということで午後から外出して懸案の事項を幾つか済ませる。それでも夕方のSalsaクラスまでかなり時間があったのでTUTAYAに行く。理由は今読んでいる『実験経済学入門』が古本で売ってないか、あれば購入しようと思ったから。
https://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/5746/trackback

この本、なかなか難しく6割も理解していないのではないかと感じるが非常に重要なことが書かれていることは何となく解る。それで図書館の本だと制限があるので何時でも手に取れるように入手しようと思ったから。ところが何とこうした本のコーナーはコロナ対策で入れないようになっていた(写真で赤で囲んだ部分)。コミックやライトノーベルのところだけが解放されている。要するにこうしたジャンルの本しかこの本屋では売れていないということだろう。専門書は中古でも安くないからね。
https://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/6019/trackback

 

Free WiFiが来ていたのでコーヒーを飲みながら時間をつぶす。早い時間だが、結構中高生が多くいた。但し、座席は半分ほどに減らされていた。これでは商売も難しいだろう。奥に積み上げられた椅子や机がある。



<工事8日目>
最終点検でこれまでの実務関係者に加え、工事責任者の人が来て午前中点検、工事完了の報告。明日足場の解体に入るとか。

実態がどうかは別にして、こうしたところが大手さんは信頼できると感じられる点。実務者と検査員が違うのは組織として品質管理に重要。これは研究でも同じ、直接利害関係のない人に追試験、再試験をするという習慣はこれまでなかったが、最近の捏造事件から取り入れられるようになったのは大きな変化。このことはあまり世間に知られていないと思う。ただこれが出来るのは相当恵まれた立場のもの、個人技の文系では難しいのではないか?
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『龍の起源』3
蛇が冬眠し、春になると大地に這い出すことは「不死の強靭さ」の象徴となり、またその頭部の形状は男根に似ていることから「性」の呪術的象徴となり。こうしたことから『豊穣の象徴』とされたとの説明。p89 何となく、よくできた話ではあるが全く証拠にはならない。こうした論調で進められる議論には不満が募る。

また新大陸では中国や西洋のような龍、あるいはドラゴンが描写されず、普通の「蛇」の造形しか見られないのは、インドやエジプト同様にガラガラ蛇のような、その存在だけで十分脅威となる<猛毒の蛇の存在がいたからだ>との説明も「何とでも言える」系の議論。p132

縄文土器にはもともと抽象的な文様が多く、具象的な造形は少ないがその中でも「蛇」の造形が比較的多いと著者は言う。p135 もし、そうならば是非ここは統計数字を出してもらいたい。何パーセントなのかと。こうした数字を大切にしないこの分野の議論はいつも「話半分」に聞いていた方が良いと感じる。だから縄文中期に出現した「蛇」の造形=「蛇」信仰は農耕文化の拡大の結果生まれたとの仮説も、p135 すんなり受け入れられない話となる。

因みに縄文中期以降、「縄文」から「渦巻き」柄が顕著になるが、ギンブタスはこの渦巻き柄を水と蛇の結合の象徴だと解釈するp136 これも「何とでも言える」系の議論。

最後に著者はやがて高度な水稲文化は「権威としての龍」と、「旱魃をもたらす反豊穣の象徴としての蛇」をもたらし、弥生土器からは蛇の文様は消えたのではないかという。前の議論では蛇が農耕文化の拡大の結果とし、ここでは水稲文化がその蛇を追いやった?とする。都合のいいようにどのようにでも議論は変化する。p142 

こうした主観ばかりで話は進むのは流石に嫌になる。ようやく半分程度だが、そろそろ限界かな?