『十二支になった動物たちの考古学』2 | Hiroshiのブログ

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<独り言>
イタリアは10日、全土で個人の移動制限を発動するという中国並みの厳しい規制をとった。それを聞きながら思ったこと。以下は独断と偏見。

中国人もイタリア人も余り政府のことは信用していないし、言うことを聞かない(中国は面従腹背、イタリアは自由気儘)。それに比べると日本人は「お上」の意識が強い。国が要請すれば、文句を言いつつもすんなり従う傾向が強い。どちらが良いというとかではなく、中国やイタリアはそうした国なりの方法でコロナに対応したということか?

何がその違いを生み出すのか? これは今後の課題だが、アイデアがないわけではない。Toddの『世界の多様性』によれば、中国とイタリア北部は外婚制共同体で基本的価値は権威と平等。またイタリア南部は平等主義核家族で基本個人主義。一方日本は権威主義的直系家族、お上の意識が強く、秩序と安定志向が強い。この家族制度が背景にあるのかもしれない。
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『十二支になった動物たちの考古学』2
未、羊:魏志倭人伝によれば当時の日本には牛、馬、トラ、豹、羊、鵲(カササギ)はいなかったとのこと。ここで重要だと思うのは産業動物である牛、馬、羊がいないということ。逆に言えば鶏、豚はいたということ。事実、8世紀初めに成立したとされる『日本書紀』では599年に百済から驢馬、羊、駱駝が献上された。つまりこの驢馬、羊、駱駝は当時の日本にいないということだろう。p106 

これを読んで頭に浮かんだのは、こうした牧畜関連の動物がいなかったということは、これに伴う人畜共通伝染病も日本では当時大きな問題ではなかっただろうということだ。こうした方向に頭が向くのは、やはり新型コロナ効果(笑)

戌、犬:縄文から弥生にかけてイヌの頭骸骨の形が変わる。縄文までは額から鼻までが直線的だが弥生以降凹みが出てくる。これは大陸から新たな種が導入された結果だと考えられている。p150 また人々の犬に対する感情も変わる。縄文まではパートナーで墓まで作られたが、弥生からは食用にすらなった。渡来文化は犬に対する考え方もすっかり変えた。p152

亥、猪:伊豆諸島の三宅島や八丈島にはもともと野生の猪はいなかったが、縄文前期以降骨が出土することから、この頃に飼育が始まったと考える。p163 これらの島は伊豆半島から200キロも離れ泳いで渡れる距離ではないことからも間違いないだろう。本土では縄文時代に鹿と猪の骨の出土状況がほぼ1:1に対し弥生になると猪が数倍になることから家畜化が進んだと考えられている。p166 先の伊豆諸島も猪を船に乗せて孤島に渡ったことが事実ならば家畜化と言えないか? これについて関連のある記述として、弥生時代の猪の頭骸骨の形態が異なるものがあることから猪と豚の共存の可能性が議論される。つまり渡来人により稲作と同時に豚(犬を食べる習慣も)が導入された。p167  なおこの豚について著者は河姆渡遺跡で発掘されたものとの類似性を挙げている。