25歳のあたりから子供を守る為に
いつまでも精神論や勢いに頼るわけにはいかないと思い、
理論を求め始めた。
知識がない中色々自分の中解釈しては道筋を立て
持論を立てた。
今思えばその頃から自分のダンスから消えていたんだ。
FRESHさや
VIBES、
GROOVEや
フレーバーなど。
動きの中にある見えない何かを感じさせる。
「あぁ、これがダンスなんだな」と
見る者を直観で肯定させる…
そう、それはまさに「感性」
つまり「センス」、
言葉の通り「感じ方」である。
80年代にブレイクダンスを世界に広めたRock Steady Crewの魅力に取り込まれ、
一歩目の美学を目指すに至った時に
それまで自分のやっていたダンスを「チャラチャラした弱々しいダンス」と否定をした。
「そんなFUNKのないダンスは外人のソレではない。」
「自分のダンスは本場のソレとはかけ離れた別物である。」と。
そう思わされた理由は2005年に
ネスとマシーンが来た時、
この時日本で最強のスタイラーの二人
TとWを
まるで赤ん坊扱いでぶっちきりで倒したのがキッカケだった。
あの場にいた全員は思ったはずだ。
「俺らがやっているダンスとは別物だ」
「いや、俺らは今までブレイクダンスをしていなかった!」と!
少なくとも自分はそう思った。
だから余計に日本人独特のヘナヘナした
フリースタイルを入り混じったのをおしゃれだと思い込むスタイルを見ると
拒絶し、認めなかった。
自分も断固として、
しっかりしたブレイクをしたい、
あのカッコいいアメリカ本場のブレイクをしたいと
長年そう思い続けてきた。
それはある種の信念であり、
憧れに対する執念でもあった。
だが、それは突然やってきた。
年齢による体力の衰退である。
約二か月前、
突然だった。
筋肉は衰えていないのに、
筋力が衰え始めたのだ。
一日本気のフットワークをかませば
綺麗なシックスパックに戻る。
それはこれまでと変わらない。
だが、明らかにフットワークの腰が落ちたり、
関節の連動が弱くなって
エネルギーの通達が悪くなったり、
フリーズなんかはもはや
重力に負けて止まらない!
本場の外人に憧れ
Rock Steady Crewに憧れ
一歩目の美学をめざしてから14年。
ここ数年よく思う事がある。
それは外人の体と自分の体は違うのだから、
自分の体にあった踊り方をして
それをアイデンティティにすべきなのでは?と。
いつまでもRock Steady Crewを追いかけても
それはRock Steady Crewであってお前じゃない。
だが、もしRock Steady Crewを愛しているというのなら、
完璧にKen SwiftやCrazy Legs,Mr Wiggles,Mr Freeze,Ez roc.Ivanなどなど、
理想となる先人たちの動きを極めるべきではないのだろうか?
という葛藤も勿論ずっとあった。
とはいえ、
10年以上追いかけて、今だに
足元にも及ばず、似ても似つかないのなら、
いい加減モノマネはやめて、
素直に自分にあったダンスをした方がいいのではないのか?
そんな葛藤の答えが昨日の練習中に出た。
ずっと、固定していた筋肉の緊張をほぐし、音楽に身をゆだねて「素の自分のリズム」で踊ったら、
自分でも笑ってしまう位不格好で、
本場のダンスとは程遠いが、
だが、音楽と体が踊り方を教えてくれた。
これがお前なんだと。
これでいいんだと。
これがお前のアイデンティティで、
オリジナルにして
オンリーワンなんだと。
これ以上はもうなくても大丈夫なんだと。
教えてくれた気がしたのだ。
10数年前は、自分のシルエットの雑さ、
汚さ、醜さが嫌だった。
嫌で嫌で、
一ミリ単位から修正していった。
一通り修正終わる頃には
動きもキレイだし、
スタイルもオールドスクールになったが、
冒頭で言ったように
目に見えない何かを沢山失い。
面白みのないダンスになった。
だからこの10年以上の積み重ねは無駄ではない。
どう動いても雑にならないくらい
DNAレベルにまでシルエットはインプットしてある。
もうBBOY脳になっているから、
BBOYINGであるプロセスを飛ばしたりして
他ジャンルと見間違うようなフリースタイルにはならない。
攻めたい時は
誰よりもパワフルそしてスピーディーに
フリーズまで持ち込む事も出来る。
10数年前のあの
幾ら頑張ってかっこよく踊ろうとしても
出来なかった悩みの種たちはもういない。
今度こそ、自由に、素の自分のイメージの具現化が許される。
俺自身が俺にようやくそれを許す事が出来たのが、つい、昨日だったのだ。
俺は、自分に戻る。
俺は、俺になる。
自分が自分として存在する事が許される…
物凄い安堵感である。
