トヨタ自動車の「ハイエース」(販売系列はトヨペット店、ネッツトヨタ店が扱う姉妹車の「レジアスエース」もある)は、過酷な使われ方をする商用車でありながら、購入後に高値で売却できるクルマとして有名だ。
あるトヨペット店のセールスマンによると「ハイエースの買い取り価格は飛び抜けて高い。新車として売られた3年後であれば、買い取り価格が新車価格の65~75%に達する。5年後でも55~65%で、10年(走行距離も15万~20万km以上に達する)を経過しても流通価値が十分に残ります」と言う。
上級ミニバンの人気車とされる「アルファード」「ヴェルファイア」も、3年後なら新車時の60~65%で買い取られるが、ハイエースは荷物を運ぶ商用車だ。3年も使われると荷室にキズが付いたりするが、それでも高い金額で買い取られる。「中古車市場を見ると、10年落ちの中古車が、150万円以上で販売されることも多い」(前出のセールスマン)との話も聞かれる。
買い取り価格が高いことを裏付ける話題として、不名誉なことながら、ハイエースは車両盗難件数も多い。日本損害保険協会がまとめた「2017年度 自動車盗難事故実態調査結果報告/調査期間 2017年11月1日から11月30日」によると、盗難の最も多い車種はトヨタ「プリウス」、次いでトヨタ「ランドクルーザー」、3位にハイエースと続く。2015年度と2016年度は、プリウスに次いでハイエースが2位に入っている。ハイエースは高い金額で売却できるから、窃盗の被害にも遭いやすいというワケだ。
ちなみにハイエースは、小型/普通商用車のベストセラーとされ、2017年(通年)には6万1200台が登録された(1カ月平均5100台)。内訳はバンが4万8800台、ワゴンが9600台、コミューターが2800台となる。
ただしハイエースの登録台数が多いといっても、プリウスの16万0912台に比べると38%にとどまるから、登録台数の割には盗まれる比率がかなり高い。狙われやすいクルマであることを示している。
ハイエースの中古車が高値で買い取られる理由は、商用車としての機能が優れ、日本だけでなく海外でも人気を得ているからだ。特にアフリカやアジアなどの新興国では、ハイエースは人から荷物まで、すべてを運ぶ便利な道具として機能している。劣悪な燃料に対応したエンジンも用意され、さまざまな条件下で使えて、走行距離が伸びても故障しにくい。一度購入すれば長く安心して使えるから、最終的には経済性に優れているのだ。
このメリットは日本と同様、あるいはそれ以上に新興国で評価され、ハイエースの中古車輸出台数が増えて、高値で売買されている。
すべての世代で高い評価を得てきた
その一方で、ハイエースは前述のように国内需要も旺盛だ。1967年に初代モデルが発売され、ハイエースはすべての世代で高い評価を得てきた。現行型は2004年に登場した5代目になる。
ハイエースが日本で高い評価を得た理由は、本質的には前述の海外と同じだ。耐久性に優れ、長年にわたって過酷な使われ方をしても、故障しにくいことが挙げられる。内装の見栄えは最上級のスーパーGLを除くと質素だが、操作性と視認性に優れ、シートの座り心地は長距離を移動するときでも快適だ。荷室の形状も、細かい部分まで使いやすい。
そしてハイエースが歴代モデルにわたって特に注目されたのが、ボディ剛性だった。1977年に発売された2代目の頃からボディが入念に造り込まれ、たとえば左後輪だけを段差に乗り上げた状態で駐車しても、スライドドアを問題なく開閉できた。荷室の一部だけに大きな荷重が加わる荷物の積み方をしたときも同様だ。
逆にほかの車種では、無理が利かなかった。たとえばハイエースのライバル車とされる日産自動車の「キャラバン」は、2001年に発売された先代型からは積極的な対策を施すようになったが、それ以前のモデルはハイエースに比べてボディが弱かった。段差のある場所に駐車したり、荷室の一部に大きな荷重が加わると、ボディやドアの開口部が歪んで、スライドドアの開閉が困難になることもあった。
ワンボックスの商用バンは、全長の割に前後席のドア開口部が広く、ボディの後端にはリヤゲートも装着される。固定されたボディパネルの面積が狭いこともあり、剛性を確保しにくい。そのために軽自動車の商用バンも含めて、昔は段差のある場所に駐車すれば、ドアの開閉性が悪化するのが当たり前だった。
ところがハイエースはこのような問題が発生しなかったから、「商用バンを買うならハイエース」と評判になったのだ。
ビジネスユーザーにとどまらず、キャンピングカーのベース車両としてもハイエースは好まれた。ワンボックス形状の商用車は、トラックに比べて価格が安く、荷室にベッドや流しを装着すれば比較的簡単にキャンピングカーにアレンジできる。ハイエースはボディが丈夫だから、ルーフの上にポップアップテント(昇降式の就寝スペース)を装着するにも都合が良く、キャンピングカーの改造業者にも評判が高かった。今でもハイエースは定番のベース車になっている。サーフィンやマウンテンバイクなどを楽しむユーザーの間でもハイエースの人気は高く、これらのトランスポーターとして使うパーソナルユーザーが、ハイエース需要全体の20%以上を占めるともいわれている。
そしてハイエースが耐久性に優れていることは、さまざまな分野で「口コミ」の情報として共有され、定着していった。
2017年のハイエース登録台数は6万1200台
2017年におけるハイエース登録台数6万1200台は、乗用車でいえばトヨタの「ノア」や「ハリアー」、ホンダ「ヴェゼル」と同程度だ。十分に人気車の部類に入る。
対するライバル車の日産キャラバンも、現行型の「NV350キャラバン」は売れ行きを伸ばすが、それでも2017年の登録台数はすべてのボディを合計して2万5912台だ。ハイエースの登録台数は、キャラバンの2.4倍に相当する。以前のハイエースは、キャラバンの6倍くらい売れていたから最近は差が縮まりつつあるが、それでもハイエース優位は揺らがない。
表現を変えると、ハイエースの買い取り価格が高い理由として、キャラバンなどのライバル車が弱いことも挙げられるだろう。仮にキャラバンが以前から高い商品力を発揮していれば、ハイエースの買い取り価格が今のように極端に高まることはなかった。商品力の弱いライバル車が、ハイエースの独走を許したことになる。
似たようなことがトヨタ車同士にも当てはまる。ハイエースの下側に位置する「タウンエースバン/ライトエースバン」は、2008年に発売された現行型になって、商品力が伸び悩んだ。荷室長は2045mm、荷室幅は1495mmだから、積載空間は従来型と同等だが、荷室の床に敷かれるビニールカーペットなどの造りは貧弱だ。
しかも現行タウンエースバン/ライトエースバンは、トヨタの傘下に入るダイハツの「グランマックス」(海外モデル)と基本的に共通化され、インドネシア製の輸入商用車になる。そのためにトヨタカローラ店では「タウンエースバンは輸入車だから、基本的には在庫を持つようにしているが、現行型は売れ行きが伸び悩む。在庫を控えるために輸入を待つ場合もあり、納期が2~3カ月に延びてしまう。
そして今の(新規格が導入された1998年以降の)軽商用車は、荷室がかなり広くなった。タウンエースバンが、魅力的になった軽商用車に需要を奪われている面もあると思う」と言う。
軽ワンボックス商用車で最も販売台数の多い車種はスズキ「エブリイバン」(2017年の販売台数は7万6442台)、2位がダイハツ「ハイゼットカーゴ」(6万3105台)だ。3位はエブリイバンのOEM車となる日産「NV100クリッパー」(3万0510台)だから、今のワンボックスバンタイプの商用車は、少し誇張すれば、小型/普通車のハイエース、軽商用車のエブリイバン&ハイゼットカーゴで成り立っているともいえるだろう。
ユーザーサービスを入念に行っている
このほかハイエースの根強い売れ行きには、トヨペット店が力を入れて販売する主力商品であることも影響している。ハイエースには前述のようにネッツトヨタ店が扱う姉妹車のレジアスエースもあるが、売れ行きはハイエースが2倍以上と多い。トヨペット店は50年にわたってユーザーサービスを入念に行い、需要を継続させてきた。口コミや紹介による新たな需要も獲得している。
そして看板商品のハイエースと併せてトラックの「トヨエース」も扱うことで、トヨペット店は伝統的に法人相手の営業が強い。これがハイエースの売れ行きにもつながる好循環に繋がっている。ちなみにトヨペット店が扱う上級Lサイズミニバンのアルファードも、法人需要が旺盛で、これもハイエースやトヨエースを扱う相乗効果だ。
トヨタは今でもトヨタ店/トヨペット店/トヨタカローラ店/ネッツトヨタ店という販売系列を残し、専門に売る車種も用意することで、経営基盤を固めると同時に各系列の個性を明確にしている。ハイエースはその象徴的な存在だ。
一方で2018年4月、トヨタは東京地区の4系列を、トヨタが100%出資する新会社に融合すると発表した。東京地区では、以前からトヨタが100%出資する持株会社のトヨタ東京販売ホールディングスが、4系列すべての株式を所有していた。もともとトヨタの孫会社だったから実態にさほど変化はない。
ただ、今後はこの動きが、メーカーに頼らない地場資本中心の地域にも発展する可能性がある。すでに自動車需要は伸び悩みの段階に入り、地域によってはトヨタ店とトヨタカローラ店の複合店舗なども見られるようになったからだ。
また以前に比べると専売車種も減った。たとえば初代プリウスはトヨタ店の専売だったが、2代目ではトヨペット店を加えて併売になり、先代型の3代目以降は4系列の全店が扱う。「アクア」や「シエンタ」も同様に4系列の併売だ。
ハイエースを扱うトヨペット店からは「トヨペット店の専売となる『マークX』は、おそらく現行型が最終型になる。プレミオも今後どうなるかわからない。そうなるとトヨペット店の専売乗用車はハリアーのみだ。他店との違いを打ち出す意味で、ハイエース/トヨエース/サクシードの商用車がますます大切になる」と言う。
現場目線のクルマ造り
ハイエースの今に至る50年の歴史を振り返ると、ユーザーに向けて、つねに同じ価値を提供して高い評価を得てきたことがわかる。それは日本のビジネスを見据えた現場目線のクルマ造りだ。ハイエースは海外でも高い評価を得ているが、レクサスのように海外向けのクルマを造っているわけではない。日本を最も大切に考えた商品開発を行った結果、海外でも高い評価を得ている。
これこそがまさに、日本車が日本車として、海外で高く評価される所以だろう。1970年代から1980年代に、北米などで高く評価されたときの国産乗用車も、今のような海外向けではなかった。日本のユーザーのために開発された5ナンバー車が(一部の車種はエンジンだけは2Lを超える大排気量を搭載したが)、日米貿易摩擦に発展するほどの売れ行きとなった。
ところが今の乗用車はどうだろうか。トヨタに限らず、日本のメーカーにとって日本は「オマケ」の市場になり、基本的に国内専売で開発された軽自動車が全体需要の35%以上を占める。中級以上の車種は、大半が海外向けになって日本人の心を離れ、その結果として多少なりとも日本的な5ナンバー車に代替えするユーザーが急増した。
ハイエースは日本のビジネスのために走り続けながら、情けない国産乗用車の衰退を横目で見てきた。「ひたすら日本のユーザーのためのクルマ造りを続ければ、日本だけでなく海外でも高い評価を得られるのにね。日本の乗用車は何をしているのかな……」。いつもの街角で、ハイエースのつぶやきが聞こえたような気がする。
(渡辺 陽一郎:カーライフ・ジャーナリスト)