我慢しない

 



自分を理由にして決める 


の続きです。


自分が、幸せを感じながら生きるには
被害者をやめて(人や環境などを理由にしない)
自分の意思で「それでもやりたい!」という意思を貫くことが大切だ、と書きました。

そんな風に意思を貫いた時に、
「それでもやりますか?」というお試しがくる話をしましたが、その時に
とても大切なことがあります。

自分の意思表示はするし、回りにも協力をお願いすることはするのですが、
無理矢理、自力だけでなんとかしようとしたり、ごり押しはしない
ということです。


例えばですが
前回書いた、わたしがゴルフに行く話で言うと
・もし両親が「雨は辛いなぁ」となったらやめる
・もし夫の飲み会が日にちをまたぐようなら、夜中の移動はやめて早朝にする
・もし子どもが体調崩して、自分も心配だしやめたいならやめる
とか、そんなことです。

これ、細かく見ていくとわかりやすいですが
結局、自分がどうしたいかで結果が決まるので
・両親が雨が嫌だと感じている→自分がゴルフしたいのもあるけれど、一番の目的は両親のお祝いなので、嫌そうなのにやる必要ない
・夫の飲み会が朝までというパターンは、最近はもうないので、帰宅が遅すぎて自分が眠くて無理そうなら、普通に朝から行けば良い
・子どもの体調不良は、自分の意識が影響していることも多いけど、(不安とか行きたくないとか)成長過程での調整はよく起こることだし、体調不良の子どもを置いてまでやりたいことなのか、という問いかけでもある。これがもし、両親の余命がわかっていて、最後のゴルフかも?とかなら、なんとしてでも行こうとするだろうし、そこまでしなくてもまたの機会があるなら、延期すれば良し。
てな具合で、結局はなんとかなりますので
「自分が思い描いていた予測通りに事を運ぼうとし過ぎる」のは、違います。


【人事尽くして天命を待つ】
この姿勢が、とても大切だと思います✨

なので、自分がやりたいことをやる!と意思を貫くことは、わがままでも自己中心的でも
なんでもなくて

自分の意見も相手の意見も聞いて
その上で「どうしようか」と一緒に考えていく姿勢が、とてもとても大切だし、コミュニケーションの基本なのではないか、と思うのです✨

我慢して一緒にいる関係では
いずれ限界がきますし
誰といても、どこにいても
自分として生きてゆくことが出来れば
いつどんな時でもわたしは自由ですよね✨

これって、条件とか環境とか関係なく
幸せはいつも、自分の心が決めるということの
秘訣なのではないか、と思うのです✨✨✨