大吉原展 | 母がバツ2の女子大学院生。

母がバツ2の女子大学院生。

大学院2年の瑠奈(ルナ)といいます。母はバツ2です。院では「江戸期の吉原遊女」の研究をしています。将来の夢は、私の経験や研究したことを通して、何かを発信し、同じ境遇の方の力になることです!




大吉原展 江戸 アメイヂング

2024年3月から東京藝術大学大学美術館にて開催されますね。



この大吉原展が物議を醸しています。



私は現在、都内の大学で修士過程2年生をやっているわけなのですが、

学部からずっと「江戸時代における吉原遊女」について研究しています!




この大吉原展が開催されることをつい最近知り、

吉原遊女を研究していた身として、居ても立ってもいられず、ブログを書いています!!!




冒頭でも記述した通り、この大吉原展が物議を醸し、炎上しているわけなのですが、、、

簡単に言うと、この展示は「江戸時代の吉原遊女の華やかな部分」しか取り上げおらず、

吉原の闇を無視するのか‼️と物議を醸しているわけなのです。




公式サイトを見る限り、展示の内容が

吉原って江戸文化の発信地だよー。

吉原の桜かっけーよー。

遊女って流行の最先端だよー。

みたいな。



しかし、江戸時代の吉原遊女というのは

売られてきた娘たちがほとんどで、休みもろくに与えられず、兎に角厳しい環境下で生きていました。



遊女たちの闇の上に成り立つ光のみを取り上げ、

吉原 so cooool!!! みたいなのはすこし寂しい気持ちになります。



大吉原の公式サイトを見たら分かりますが、

江戸の吉原遊女の闇について特に触れられていませんでした😢




こんな私が言うのも大変おこがましいのですが、

吉原の文化的な発展だけではなく、

遊女の闇の部分についても触れて欲しいなと勝手ながら感じました。


もちろん吉原とは文化・芸能・流行の発信地であり、

「遊廓とは現在に残すべきでは無いが、語り継がなければならない存在」と田中優子さんも仰っています。田中優子『遊廓と日本人』(講談社現代新書、2021年)




吉原で発展した文化・芸能は本当にすばらしく、

かっこよく、粋だなと感じますが、


それだけ文化が発展し、芸事が継承されてきたのは、「遊女の存在」があったからです。 



「豪華絢爛な衣装を身に纏う吉原遊女は江戸庶民の憧憬であった」とさまざまなことが男性視点で語られることが多いなと感じます。江戸時代は封建社会なので、仕方ないですが。。。


遊女視点でも吉原について考えてみるのはどうでしょうか?



遊女にとって吉原とはどんなところであったか、

遊女から見る芸事は何だったのか、

遊女から見る客は?と挙げたらキリがありませんが、

遊女視点で考えることで、当時劣悪な環境下を生き抜いた遊女たちが少し報われると思うのです。




この記事がどなたかの考えるきっかけになったらいいなーーなんて思っちゃったりして。



ただのにわか吉原ヲタクがしゃしゃりでてしまいました。すみません。




さよならーーー。







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