ウィル・スミスがクリス・ロックに平手打ちをしてから、色々な反応がありました。私は黒人の人たちの反応に注目していましたが、黒人の中でも反応はようようでした。
個人的にはウィル・スミスもクリス・ロックも両方、もっと大人らしい行動を取れたのではないかと思います。身体的な暴力と言葉の暴力はどちらも悪い。
しかし誰が悪い、悪くないは別にして、この出来事を通して、アメリカにおける黒人の差別の歴史的な影響や黒人同士に起こる虐待的な関わり方を考えることが大切だと思いました。
奴隷制度が廃止されても、公民権運動で黒人の公民権が保証されても、Black Lives Matterの運動が示すように、黒人に対する差別は違う形で今でも続いています。そして、長い奴隷や差別の歴史によるマイナスの影響は現在に続いているのです。白人の世界には富力がたくさんあります。しかし、黒人やマイノリティの世界には富力が白人のようにはありません。長い間、白人のために、タダ働きをさせられて来たことが理由です。また、長い貧困の歴史は黒人の世界観、人生論に大きな影響を与えました。
その上、黒人女性に対する白人と黒人による、色々な差別や身体的な虐待や言語による虐待も大きな問題です。肌の色の濃さ、髪の毛のパーフェクトさ。黒人女性は色々なプレッシャーのもとに生きているのです。だから、クリス・ロックがジェイダ・ピンケット・スミスの髪の毛を冗談のネタに使ったのは、単なる外見・髪型について冗談を言っただけではなく、黒人女性に対する歴史的な心ない言葉による暴力をも表したのです。クリス・ロックがたとえ、悪気がなく冗談を言ったにしても、冗談のネタにすること自体に問題があるのです。(しかも、ジェイダ・ピンケット・スミスは自分の髪の毛は医学的な症状であることを発表していた)
そのうえ、ジェイダ・ピンケット・スミスは大人であり、立派な俳優です。ウィル・スミスの助けがなくても、自分で戦うことが出来たと思います。ウィル・スミスのせいで、彼女は自分の声を失ったと思います。これは女性にとってはたまらない、間違った「男らしさ」であると思います。
世界を良い所に変えるには、それぞれの人が自分の中にある、ようような偏見を知り、お互いのことを長い歴史を通して、理解をしようとする姿勢が大切なのではないでしょうか。




