第一話【偶然の産物】

第二話【再会がもたらすもの】  作者リンク→作/諒  Produced by 江彰 透

第三話【約束】

第四話【意固地】   作者リンク→作/諒   Produced by 江彰 透

第五話 【心の扉】

第六話 【本当の心】  作者リンク→作/諒  

第七話 【タンパク】

第八話 【想い】  作者リンク→作/諒   Produced by 江彰 透

第九話 【赤い糸】









 第十話 【縁(えにし)】



年の瀬も押し迫った大晦日。

私はキッチンに立ち、明日の元旦を迎える為の準備に追われていた。

毎年、早めの準備をと心掛けてはいるものの、いつもギリギリにならないと重たい腰が上がらない。

そんな自分を嘆きながら、お雑煮に入れる野菜を煮たり、煮物を作り始める。

コンロの上はいくつもの鍋で占領され、忙しさに拍車がかかった頃。

「お母さん、年越しそば作るんやろ?」

出先から帰ってきたばかりの長女がキッチンに助っ人に来てくれた。一人てんてこ舞いしていた私を見兼ねたのだろう。

少し大人になった娘を横目で見ながら、娘の心遣いが何だか嬉しく思えた。

「明日、友達と初詣行ってくるわ」

娘の言葉に「何時に帰ってくるん?」と時間を確かめながら、私はふと先輩との約束を思い出した。

「あ~、私も約束あるんやった。こないだ出来たお好み焼き屋、明日空いてるんかな?」

「お母さん、元旦やで」と言いながらも、娘は店に電話をしてくれ、午後5時からの営業だと教えてくれた。「誰と行くん?」と興味津々に尋ねる娘に「先輩や」と答えながら、何故だか娘の顔を真面に見ることが出来なかった。

「ふーん」と言いながらニヤついている娘は、それ以上のことは聞いてこなかったが、相手が誰なのか詮索している顔に、私は気付かない振りをして準備を続けた。

「あ~、今年も紅白見んの 忘れとった」

残念がる娘の声に今年もあと僅かなんだと感じながら、慌てて食卓に年越しそばを並べる。

こたつで眠り込んでいる下の娘を起こして食卓についた。テレビは紅白からゆく年くる年へと何時の間にか変わっていた。

「新年明けましておめでとうございます」テレビのアナウンサーの声に習い、娘たちと挨拶を交わす。娘たちは挨拶もそこそこに、携帯の画面に向かってメールを打ち出した。

年越しそばを食べ終え、慌ただしさからほんの少し開放された私も、今日になった先輩との約束の時間を知らせるため、携帯電話を手にした。

「新年の挨拶と…お好み焼き屋、元旦は夕方五時から…と」

先輩に送るメールの内容をブツブツ呟きながら、画面に文字を打ち込んでいく。送信のボタンを押して送信完了の文字を確認すると、先輩に繋がった安心感が込み上げてきた。

「元旦が誕生日やなんて、ホンマにめでたい人や」



先輩の顔を思い出すと、何故か笑いが込み上げてくる。再会から一年ちょっと…ほんの数回しか顔を合わしてないのに、この安心感は何だろう…

先輩後輩とかじゃなく、また男女の垣根を超えているのかは定かではないが、人間の触れ合いみたいな先輩との関係。

生まれ年は一緒早行きと遅行きの違い、せんびきの違いに無常を感じずにはいられなかった。

学年いっこ上じゃなくて、同級生として知り合ってたら、この関係はもっと違ってたかも知れない。

そんなことをふと想像してニヤけながら、何時の間にかこたつに潜り込み寝息をたてていた。



元旦の朝は冷え込みが厳しく、こたつで眠り込んでしまった私は早々に目が覚めた。

再び娘たちとおせちを囲んで一年の始まりの挨拶をし、今年の幸を願う。

出掛ける約束のある娘たちと近所の神社に初詣に行き、この年の健康を願い、神社の入口でそれぞれ別れた。

並んで歩いていく二人の子供たちの背中を、立ち止まって暫くの間見つめた。

主人と別れた後はがむしゃらだった。

生きていくことだけに必死だった。二人の子供が素直に成長してくれることが、私の喜びだった。

私、頑張ったよね。今も頑張ってるよね。

辛いことばっかりだったけど、ちゃんと自分の足で歩いてるよね。

元旦の日の空は、青空だった。冷たい風邪も今日の私には心地好かった。



それから一旦、家に戻って家事をし、年賀状のチェックをし終えて時計を見ると、先輩と約束した時間の30分前になっていた。

慌てて支度をしてお好み焼き屋の前で先輩を待つ。先輩の姿が見えるまでのものの数分を、ワクワクしながら待っている自分がいた。

そう言えば、先輩と二人で待ち合わせなんて初めてのことだった。まるで、初めての遠足を心待ちにしている小学生のような心持ちだった。

「新年おめでとうございます」

目の前に先輩が現れると私は深々と頭を下げた。挨拶が済むと先輩を誘導しながら店の中へ。先輩と会話を交わしながら座席へと進んでいく。

私は生まれ持って地元、先輩は地元を離れてある意味立身修行、ここに来る前に私達の母校である陶器小学校の名前を久しぶりに耳にして懐かしさに浸った。

席に着いて開口一番に先輩に謝りの言葉を言った。

「店さぁ昼からの営業やったら ママも来ててんけど ごめんね」

先輩にこの日の誘いを受けた時、お店で公だったしママに「ママどうする?」。するとママは私の俯きかげんを見て、「二人でいっておいで」、「それに、夕方からはあかんし」、ママの都合のわるいことだけを話して、私の照れ隠しをしていた。

ただ先輩のツッコミ「そやそや 美恵ちゃん あんたなぁ なんで今日の返事、去年してけへんかったん?」と聞いてきた。

私は言い訳がましく「断るんやったら とっくにしてんで わたし」と返事をした。
先輩は「おまえな もっと素直になれ」とでも言いたげに、バレバレの私の顔をみて先輩は吹き出しお腹を抱えて笑い出したのだった。

しゃくだから話を切り返し「アァ- ところで お誕生日おめでとう お祝いないけど…」そう言うと、先輩はニコニコの笑顔で「そんなもんいらんわ そやけどこうやって付き合ってくれただけで うれしいで」言ってくれた。

何だか先輩の一言が嬉しくて、プレゼントくらい用意すれば良かったと後悔していた矢先に、また先輩の一言が。

「美恵ちゃん 正月忙しいのにごめんね」

これにはもう頭が上がらなかった。先輩の心遣いが堪らなく胸に沁みた。
「ええよ」そう言葉にしようと思ったが、鼻の奥が痛み出し涙の溢れる警告音が頭の中で鳴り出したのが分かって、私は何にも言えなかった。

気を取り直して、先輩の心遣いのお礼にもならないけど、注文は私が仕切った。



その後はお互いの身の上話に花が咲いた。先輩の別れた奥さんや子供の話。

恋愛の話になると途端に億劫になる私を見透かしたのか、先輩はツッコミを入れることなく、今度は互いの両親のことまでを広げていった。

両親の話の中で偶然なのか、先輩のお母さんと私の母親は同じ長崎が故郷だと知り、私は思わず歓喜の声を上げた。

先輩とは何だか昔からの【縁(えにし)】で結ばれていたような、そんな気がしてならなかった。



先輩との話は尽きることがなかった。気が付けば、私が言い出した門限の8時に時計の針が近付こうとしていた。

「美恵ちゃん がんばってね」

そう言って別れ際に先輩が手を差し伸べる。「うん」と大きく頭を振って先輩の大きな手に自分の手のひらを重ねた。

先輩の温もりがじんわりと伝わってきて、私は胸が熱くなるのを感じていた。

帰りに娘からの宿題メールで、スーパーに買い物に寄ると言うと、先輩はほんの数メートルの距離を一緒に肩を並べて歩いてくれた。言葉は交わさなかったけれど、切ないような何とも言い知れぬ想いが私の胸に溢れてくる。



スーパーの前に着くと、突然。

「美恵ちゃん ハグしよか?」

先輩の一言に驚いた私は思わず「ええ 近所やもん…」と周りを気にしながらたじろいでしまった。そんな私に先輩はちょっと苦笑しながらもう一度、握手を求めてきた。

ハグはこの場では出来なかったけど、先輩とハグしてるつもりで私は先輩の手をギュッと握った。先輩の大きな手のひらが私の手から離れるまで、私は今あるだけの愛しさを込めた。

「じゃ 気をつけてね」

そう言って歩きだした先輩の背中を見えなくなるまで見送った。

少しふらつき気味の先輩の足取りが気になったが、心に先輩の背中そして「あなた」を焼き付けていた。



先輩を見送りながら、先輩との再会からを思い巡らした。

同年代、今まで生きてきた道のり。いろんな出来事に笑ったり涙したりと忙しかった。

それでもまだ、この道のりは続いていくだろう。

そんな道のりの中で、心を許し合い、一緒に笑い合って一緒に泣いてくれる人がいてくれることは悪いことじゃない。

私にもそんな幸せが訪れることを祈らずにはいられなかった。



スーパーで買い物を終えると、私は携帯電話を取り出し、先輩宛にメールを送る。

「御馳走様でした」

「いまどのあたりですか?…」

「気をつけて帰ってくださいね!」

いつも送るような律儀なメールとは違う。私が心で送りたいと思って送る初めてのメールだった。

送信ボタンを押して、私はフーっと息を吐いた。少し素直になれた自分に笑みが零れた。



そう思えるきっかけを作ってくれた先輩に… ううん! 【あなた】との縁(えにし)に…





私はその日の夜、夢を見た。

50年間生きてきて初めての初夢だった…



。。。。。。



(陶器小学校一年一組の教室)

「こらぁ! そこの二人なにけんかしてんの?」

「美恵ちゃん どうしたの?」

「先生! 田村君が私の消しゴム半分にちぎって とるんだもん」

「田村君 そんなことしたら あかんでしょう!」

「だって 美恵ちゃんのノート 汚れてるところ 一緒に消してあげようと思って…」

その一言で感極まって泣き出していた

「ウェ―ン…」





END

【もうひとつのEND 第十話】 作/諒   Produced by 江彰 透