第一話【偶然の産物】

第二話【再会がもたらすもの】 作/諒  Produced by 江彰 透

第三話【約束】









父親のように慕っている藤枝さんが連れてきた東京からの客人は、私の小・中学校の一つ上の先輩。私の埋もれそうな記憶の中から、パッと引き出せるほど田村さんのことは覚えていた。

あの当時、田村さんたち先輩は一匹狼の集団で、ガリ勉グループと不良グループとに分かれていて、それに属さない人はあまり目立たない存在が多かった。

そんな中、先輩は真面目そうなのに、私の同じ住宅の番長とも友達だったり、隔たりなく思うがままに学生生活を送っていたように映っていた。だから、私には反対に目立つ存在ではあったのだけれど…

でも、まさか、こんなところで先輩に再会するなんて思ってもみなかった。
あの頃と変わらない屈託の無い笑顔を、こっそり見ていたあの頃とは違って、目の前で見ることが出来るなんて、私には夢のようなことだった。

「先輩、帰っておいでよ」

何度も口にしてしまったのは、酔いが手伝ったこともあるが、懐かしいあの頃の先輩の面影が不思議に残っていた。まだ、純粋だったあの頃の私が…
何も知らなかったあの頃の私が、何かを求めるようにそう言わせていたのかも知れない。

「先輩、ご実家にはどなたか…?」

「おかんがおんねん。この歳になって一人にさすのは、心配なんやけど。まぁ、まだ元気やし、バツモチの俺がいてたら心配の種が増えるんちゃうか?」

先輩は声をたてて笑っていたが、言葉の端々に母親を心配する息子の想いが伝わってくる。私は先輩の笑顔に習っては見たものの、声をたてて笑うことは控えた。

もし、私だったら…?

しかし、私には心配をしてくれる両親は既に他界していた。
父は私が高校1年生の頃に…そして、頼りにしていた母は、私が中学・高校の同級生の彼と家庭破壊して数年のちに他界した。。
父を亡くした時、母はか細い手ひとつで二歳上の姉と私を学校に行かせる為、必死で働いた。そんな母の姿を見ながら、私はできる限り家の中のことを手伝ってきた。

姉も私も二十代前半で結婚した。
そうやって歩いてきた道のりは、私から女性の優しさよりも強さを身に付けさせていった。
だから、結婚を申し込んできた男性も、私の女性らしさよりも、強さに惹かれたのかも知れない。
でも、家庭に「強さ」は二つも要らなかったのだろう…
彼が私や子供を捨て、駆け落ちしたのは、私とは正反対の可愛らしい女性だったのだから。

私は離婚後は子供たち、そして他界するまでは母を生きがいにして頑張っていた。その後は子供たちのこともあるけど、それより男性に頼らない意地でそれなりにエンジョイしていたつもりだった。

なのに先輩には、一身上の離婚のことや両親の他界など、カウンター越しにも関わらず、つい本音を吐き出していた。

そして

「美恵ちゃんは彼氏、いらんのか?」

お酒の勢いからか、突然の先輩からの言葉に私は身構える。
ママの営む小料理屋でバイトをし始めて、酔っぱらいから何度か聞かれたセリフでもあったが、今日の私は何故か聞き流せなかった。

「いらんいらん。もうええねん…」

苦笑いしながら私は先輩と視線を合わせることが出来なかった。
何故だかは分からなかったが、先輩に「私」という人間を見透かされるのが怖かった。
いくら先輩だと言え、やはり男性だからだろうか。
簡単に自分の心を見せることは、弱みを握られるような不安があった。

「そっか」
先輩はそのことには何かいいたそうだったけど、口をつぐんでくれていた。私の身の上をしってるからこそ噤んでるかのように…

「帰り明後日だから 明日も女将さんのところに寄るからね。あんたもお客でおいで」

先輩はそう言ったけど、私は愛想笑いだけを浮かべてちゃんと返事が出来なかった。
だから、次の日が来ても私は店には行かなかった。
本当は先輩ともう少し話をしたい気持ちはあったが、カウンター越しでの距離が今の私には調度いい気がした。

昨日、
「これ メールアドレス、なんかあらんでもしておいで」
でも
先輩のメールアドレス、意固地な私のバッグの底に…
メールなんて、誰の介入もない空間に入り込むことは、更に出来そうになかった。


「ミエちゃん、田村さん。律儀に土曜日来てくれはったよ。何でこんかったん?」

月曜日、私の顔を見るなりママは開口一番にそう言った。

「あの娘酔っ払うと、よう忘れよんねんって言うといたけど」

「文句いいながらも、どっか残念がってたで? そやけど、あのひと気さくやし、おもろいし、それとほんまやさしいな、ええ先輩やであの人、ちょっと変わってるけどな」

ママの口調は優しかったけれど、私の胸にはチクリと傷みを伴っていた。
やはり、顔ぐらい出せば良かったと、頑なになっていた自分の心を責める自分が現れていたのだった。




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