F7山中湖きららエイド124.7km以降からのつづき。


山中湖エイドから山を見ると、ヘッドライトの光が色んな所に見えて、綺麗なのと、あそこまで行かんといけんのかと言う気持ちが入り混じる。


まずは野焼きをしたばかりの明神山を登ったけど、頂上まで大きい木がないんで不思議な感じと時折聞こえる花火の音に見えんけどテンションが上がった。


そのせいもあって、全く寒くなく、着込んだせいで暑くなり、上下ともレインを脱いで、結局最後まで着る事はなく、誤報じゃった。こういう誤報なら全然OKじゃ。


なぜか、胃の不調も気にならんようなり、ガシガシ進む事が出来、このまま行けたら最高と思い進んだが、その後、別の山の上りで渋滞待ちなどあって、1時間で確変は終わってしもうた。


あれは何じゃったんかと思うくらい進めたのに、一気にトーンダウンし、流れに身を任せて進んだ。


この区間は山区間でロードがないんで、なかなか距離が減らんので、いつになったら着くんかねえとかなり心を折られたけど、渋滞のおかげもあり、何度もパックになって進む事で乗り越えられた。渋滞のせいで眠くなるもあったけど、パックになって進めた事が大きかった。


二重曲峠エイドには予想タイム通りの4時間半で到着で、23時半くらいで、さすがに眠さがピークになってきた。


ここのエイドは他より小さいけど、しっかり休んでから再出発せんといけんと思い、座れる椅子を待って確保して、何度か目を閉じて休み、バナナなど食べて、45分位の休憩で再出発した。


ここで広島在住の方に追い付かれ、一緒にどうと誘われたけど、体が怪しかったんで自重したが、せっかくなら旅は道連れで、後から考えると一緒に行けば良かった。


次は150km地点の最終エイド富士吉田までで、12kmくらいじゃ。


まずは、杓子山への上りで、ヤバいと言われる岩場へ。


ここはずっと大渋滞で、みんなで協力しながら上って行ったんで、あまり辛さは感じんかったけど、時折強烈な睡魔に襲われるんで、一瞬立寝を何度かして乗り越えた。山中湖以降は結構色んな所で休みながら寝とる人を見かけた。ルールでは決められた場所以外、寝たらいけんと言われても、休んだ瞬間に意識が飛ぶのも分かるんで、休み方が難しい。


そんな中、何度か上り下りを繰り返し、先にライトが光るのを見ながら進んどると、杓子山の頂上から鳴る鐘が聞こえて来た。


本栖湖のパノラマ台前の誘導応援は聞こえとるのに全然着かんかったんで、どうせ遠いんじゃろと期待せずに進むと、今度は反対に、直ぐ着いて、一安心。





山中湖以降はハード過ぎて、撮影を一度もせんかったけど、杓子山の頂上でボラの方に撮影をしてもらった。ありがとうございます。


ここで一安心じゃが、ここの下りが曲者、2015STYの時は雨の影響で渋滞ツルツル祭りになり、10回以上滑り転けたんで、その時の記憶がかなりあり、全く油断出来んと心を入れ替えて下った。


今回は雨の影響は一切なかったけど、滑る場所がはいっぱいあって、心が休まる事と眠さが来る事はなかった。


事前に整備をして頂き、ロープも多くあって、以前よりはかなり安全に下る事が出来た。ボラで道整備もされとると聞いとったんで、ほんまありがたかった。


どうにか30分くらい下り、無事に山パートを終われ、下りの広い林道に辿り着けた時はめちゃくちゃホッとした。


林道はトレイルを下った疲れと腸頸靱帯の事を考えて、徒歩で進む事にしたけど、これがなかなか進まず同じ様な道をひたすら進むんで、安心感やめ重なり、緊張感も弱まり、眠くなって、ついに完全な幻覚を何度も見るようになっていった。


幻覚は、道の先に建物や富士吉田エイドが見える内容で、早く着きたい気持ちが、そういうモノを見せたんじゃと思う。


あまりにも何度も見るんで、途中から慣れてしもうた。ただ目をこすったり、色々しても、何度も見えるんで、それくらい早く着きたかったんじゃと心から強く願っとんじゃと思う。


そんな事を繰り返し、やっと幻覚じゃない、建物が見えて来て、エイドかと思ったら、違って、キャンプ施設で、その先を下ると、やっと富士吉田エイドに到着。


二重曲峠エイドから4時間位で到着。

渋滞が凄かったせいか、予想より30分掛かった。

4時15分くらいで、まだ夜は明けてなかった。


富士吉田エイドは19年など何回かボラした事があるけど、学校から変わって、自分が来るのは初めてじゃったけど、池が横にあるせいか、くそ寒いが率直に思った感想じゃった。


ここの名物は吉田うどん、残念ながら、硬い麺なんで、体が受け付けず一切食べれず。結局バナナなどもダメで、食べるのは諦めて、少し寝て休むのを優先した。


ここで失敗したのは、仮眠場所で休めば暖を取れてリフレッシュ出来たのに、外のテント内にある椅子で寝て、何度も寒さで寝たり起きたりして、最終的に胃が回復する感じがなく、時間が減って完走に影響が出たらマズいんで、気持ちを上げて再出発した。


休養は40分位で、夜は明け、4時45分位じゃった。


仮眠所はエイドの一番奥じゃったんで、事前に調べたり、ボラの方に聞くなど、頭が回らず経験不足じゃったね。


次はラスボスと呼ばれる霜山へ。あと15km。


まずはロードを進むと、いきなり声を掛けられて、誰と思ったら、大江戸ナイトランでスタート前にボラで声を掛けてくれた知人で、今回もボラで、たまたま道中の良いタイミングで会えた。


その後、霜山までロードが続く中、団地を走っとると見覚えあるラン仲間がおり、ボラじゃないのに、なぜか誘導しとって、聞いてみると警備員が違う場所におるんで、道を間違える人が暗い時に結構おったから、自主的に応援誘導をしとったそうじゃ。こういうランナー目線の判断もありがたいし、次回は改善してもらわんといけんね。


更に進むと前日2回も山の中で応援してくれたラン仲間達がまた応援で出現し、ビックリ。

3回もありがたいね。


その後もボラでお世話になった方にも会えて、気分良く霜山のゲートに入る事が出来た。





気分は上がったけど、いざ山を上り始めるとキツく、後ろからくる人に道を譲りながら上った。


2015STYの時は真っ暗な霜山を上ったけど、今回は明るいんで、霜山って、こんな風なんじゃと思いながらも、余裕はなく、まだ完走の確信は持てず、息がかなり上がりながら、途中から数人のパックになり上りを進めたんで、助かった。


今回のルートは明確な霜山山頂はなく、まだ上る所はあるけど、いきなり霜山のピーク終了と言われ、もうこれで完走出来ると確信出来た。


家族に1時間くらいでゴールするかもと連絡したら、まだ宿におるんで、車で会場に着くまで歩いて時間を稼げと言われ、それからは歩く事になり、走る必要がなくなったんで、脚や体は一気に楽になった。


最後の山、天上山にて、2016雨のUTMFで一緒にボラした方と久しぶりに会って、完走出来る事もあってテンション上がった。


大会しか使えん階段を下りて、進むとロードに出て、あと2kmに。




富士急横の踏切を渡り、そのまま沿いをひたすら進んで行くと富士急の正面入り口が見え、進むと、家族が待っとってくれて、そこから合流して、4人でゴールへ向かった。


更にゴールへ向かう道中に、カラダ大学ランニング部で長年一緒にやっとる仲間が応援に来たばかりのタイミングで遭遇。偶然でも縁のある人とは色んな所で会うもんなんよね。お互いの家族を紹介して、何か変な感じじゃったけど、嬉しかったね。


その後、会場内に入ると、家族はゴール手前から入れる場所に移動して、自分は応援に来とる方達が道の両脇に花道を作ってくれて、タッチをしながら進んだ。





最後の直線はゴール待ちで順番にする流れで、待ってから4人でゴールテープを切った。


ラン仲間がゴールの撮影をしてくれて、最後までありがたかった。


良い記念になったけど、家族が段取りがわからずバタバタしてしまい感動より笑いのゴールになってしまった。


41時間48分15秒で無事完走。


走り終わった後は、家族の泊まった宿が11時チェックアウトなんで、急いで移動して、10時位に着けたんで、シャワー浴びて、30分ベッドで寝る事が出来た。


その後は帰りの中央道が混む前に、息子の運転で帰り、楽して家に帰って長いFUJIが終了。


今回は宿&バスや駐車場やサポーターや荷物預けなど以前からの変更や先着順や追加費用など、コロナの影響があるのは分かるけど、過去と比べて、何なんかねと思う所があり過ぎたけど、やっぱりUTMFは大きな祭りで、他のトレイル大会とは一線を画す雰囲気を感じたし、数年ぶりな人も含め、沢山の知り合いにも会えたし、次回は色々改善されて、より愛される大会になって欲しいと改めて思ったね。


次回はボラかサポートかKAI出場、どれにしようかね。