リタイア後、ともなると、ここでも何回も書いているように、大きな変化というものはなくなった。

 

小さなモノ、というのもほとんどないかもしれない。

 

ま、それはそれとしていいのだが(←良くはない?)、それだけか?とちょっと物足りない気持ちも芽生える。

 

ちょっと、でなく、だいぶ、かもしれない。

 

どうせ大したことはないので放っておいたが、あ、そうそう・・・と何かのついでのように思いついたこともあるので、

 

メモ代わり、気ままな日記、なのであるから、記しておこうと思う。

 

それは……、ここのところやけに夢がリアルになってきているのではないか、ということ。

 

リアル、といっても結局は夢の中のストーリーなのでリアリティには欠けているのだけれども、

 

起きてからしばらく頭の中を、物語の続きが我知らず展開したり、真相というか「ああオレの本質はこうだったのか」と気づかされるような思いが巡る。

 

断然に多いのが、昔の仕事に関わる「せっぱ詰まった状況」の中の出来事。

 

今朝は、「徹夜してでも新しい番組企画の構想・構図を決めなければならない」というものだった。

 

夢、ということは現実には寝ているのに、夢の中では「徹夜してアイデアを練り続けている」ということなので、

 

頭の中がぼーっとして、寝不足である、という感覚が実際に起きていた。

 

んん~ん、眠い。だけども寝ている場合じゃない、寝てる訳にはいかない・・・

 

という強迫観念みたいなものがこびり付いていて、そのうちに「ああ、これならどうだ」というような構成案が湧き上がった。

 

で、周囲の人に説明し、プレゼンテーションしている最中に目が覚めた。

 

数日前には、会社が変わって自分一人が「年老いた新人」状態で、これもまた「何かの企画をまとめなければならない」という状況の夢だった。

 

リアルだと思うのは、こうした状況の中だからこそ何とかしなければ・・・と考えている自分自身だった。

 

会社を辞めてからの15年は別の仕事(と言ってもいいだろう)だったわけだが、そちらの環境での「せっぱ詰まった状況下」の夢はまだ起きていないのではないかな。

 

こういうことは、仕事への未練、というのか、追い詰められた状況で苦悶していた昔をただ思い出しているだけなのか、

 

そこのところはよく分からない。

 

何もすることが無く、ただぼーっとしているだけでは、身体はもちろんのこと頭(頭脳と言った方がいいのか)も衰えていく。

 

そういう考えそのものが自分自身を追い込んでいる、悩ませているのではないか。

 

悩んだり苦しんだりしている自覚は全くないけれども、意識下で「おいおい、そんなもんじゃないはずでしょ」と誰かにささやかれ続けている・・・

 

そんなことだろうか。

 

ここまで歳をとることも、リタイアという状況も「初体験」なので、やや持て余している感じなのかな。

 

早急に決めなければなぁ、と思っていることは、この↑庭に置かれている鉢たちの行方。

 

2階のベランダより環境はこっちの方が良さそうだ。

 

どうするかな。(←こっちの方がリアルな日常)