今日から5月。
だから何も考えず、いわば反射的に「5月になれば」とタイトルを書き込んだが、
はて、なったからといって、何があったのかな? ちょっと考えてみれば、答えはすぐに出る。
2年前のGWが明けた頃だろうか、
この↑写真を撮ったのは。
仙台の5月は気持ちが良かった。
こういう↑場所に座っているだけで、眺めているだけで、ぼんやりしているだけで、何かこう満たされてくるものがあるようで、
それも一つの幸せなんだろうな、と何の抵抗もなく素直に思い込める。
ま、いずれにせよ、そういう季節。
あと少しでリフォーム中の我が家も多少はすっきりするだろう。
27年前建てた頃の「数分の一」の費用をかけたのだから、多少、何て言わないで、思いっきり晴れ晴れとした感じになって欲しいもの。
考えてみると、この家を建てたり、リフォームしたり、仙台では仙台で結局マンションの一室を買うことになったり、
「住まい」にはずいぶんおカネをかける人生だった。
その前には、増築、また増築、と銀行からお金を借りてまで……。
頑張りすぎたかな?
と思わないでもないが、結論から言うと、それでよかったと思う。それで人生が台無しになったわけではないし。
これでとりあえず長男次男に「家を遺す」ことは出来るだろう。
後をどうするかは本人たちが決めればいいこと。自分は、出来る範囲の結果を残して終われそうだ。
かみさんとの「家づくり」は楽しかったですしね。
さあ、と次に向かうものがないことは物足りないですけれどもね。
かみさん、といえば
今日も履いている、この↑ズボン。
スラックスと言うより、「ズボン」のほうが言い慣れているし、ぴったりする感じかな。
これを見ていて思い出すことがあった。
このズボンの裾上げは確かかみさんがやってくれた。
というのも、ズボンを買ってきて(もちろん裾上げも頼んで)家に帰ってから(かみさんの前で)いざ履いてみると、
あれ?
ということが何回か続いたことがある。
店で「このくらい」と長さを丁度いいぐらいに決めたはずなのに、微妙に長かったり短かったりする。
ちゃんと確認して決めなさいよ
とかみさんに𠮟られた。
あれは何でだったのだろう?
思い当たるのは、店員さんの言う通りに決めると、自分の満足通りにはならないことが多かった(みたい)。
もう一度店に行って、やり直してもらったことも何回かはあったような気がする。
そんなこともあって、
もうそのまま持って帰ってきなさい、私がやってあげるから
になったのだと思う。
このLakelandの綿パンツもそのうちの一つだった。
傍で見ていたこともあるが、裾上げは微妙なタッチと言うか作業が必要で、面倒くさそうだった。
あれ、慣れていないとプロのようにはいかない。
かみさんはプロのテクニックは無かった(ようだった)が、実に慎重に長さを定め、細心の注意をしながら細かに針を動かしてくれた。
その様子を見てからは、ああ、こんなに大変なのだからやっぱり店でやってもらおうと決めた。
だから、はっきり「ああ、これはかみさんがしてくれたもの」と思い出せるズボンはほとんど残っていない(と思う)。
Lakelandのこの綿パンツ。30年ほど前だっただろうか……。
かみさんがちょっと真剣なまなざしで針を動かしていた、その姿を思い出させる。
今年の5月の始まりは肌寒いような雨。