畳の縁とか敷居とか絨毯とか、ちょっとした段差で蹴つまずくと決まってカミサンは
何が「いや」なのかそれは分かっていた。
年をとると人は赤ちゃん帰りをして、ほんの少しの段差でも転びやすくなる。
足を上げずに引きずったような歩き方だと、ちょっとの高さの違いで、もうつまずいてしまう。
そういう歩き方は年寄り特有。
カミサンは姿勢も歩き方も(生き方も)しゃきっとしていたから、滅多なことではつまずいたりしなかった。
だから覇気のない歩き方(ついでに生き方?)をして注意力散漫な亭主が、身近で派手に蹴つまずいて「老い」の陰りを見せたりすることが「いや」だったのだ。
いつも「いやねえ」と言って叱咤激励。
自分自身は兎も角、亭主の「老い」が進むことに結構若いころから抵抗していた。
育毛剤もそう。
髪の毛が薄くなるのは遺伝的にもいずれは仕方のないこと…
と割り切っていたから(まあ本心ではそうならないに越したことはないと思ってはいたが)、ほぼ無抵抗。
せいぜい気休め程度に育毛トニックでも使っていただけだった。
やれ中国の何たらという薬が効くとか聞いても
「そんなわけがない。毛生え薬が発明されたらノーベル賞もの」と、本気にしなかった。
カミサンはさすがに何万円もする「毛生え薬」は購入してこなかったが、近所のドラッグストアの中では高めの育毛トニックをいつも買ってきた。
一方自分が買ってくるものは、その10分の一とか5分の一程度のものだった。
それは今でも変わらない。写真のものも開店セールで確か600円ぐらいだ。
薬石効無く、頭髪の衰退・後退は継続的で、特に最近は進行に加速がかかったような気がする。
「だから少しでも効くのにしておけば 良かったのよ」
とカミサンは言っているだろうか。
あれほど嫌っていた、そして心のどこかで恐れていた「老い」と向かい合い始めた亭主を見て、カミサンはまだ「約束が違う!」と叱咤激励するだろうか。
あの時から年をとらないカミサンと、「歳の離れた夫婦」に日一日となっていくような気がする。