第11室3話「父が遺したレコード。」 | 音楽とアナログの魅力を掘り下げながら満喫しましょう

第11室3話「父が遺したレコード。」

3話「父が遺したレコード。」

~音楽は、言葉を超えて受け継がれる~

 

父は、あまり多くを語る人ではありませんでした。

仕事の話も。

人生の話も。

 

「こう生きなさい。」

 

などと言われた記憶はありません、ただ仕事から帰ると、決まって一枚のレコードをかける人でした。

 

幼かった私は、不思議に思っていました、なぜ、父は毎晩同じように椅子に座り。黙ってコーヒーを飲みながら。レコードを聴いているのだろう。

 

楽しそうでもない。悲しそうでもない。ただ、静かに音楽に耳を傾けている。子供だった私には、その意味が分かりませんでした。

やがて私は大人になり、家庭を持ち、仕事に追われるようになりました。

 

そして、ある日父が亡くなりました。

遺品を整理していると、棚の奥から、何十枚ものレコードが出てきました。

 

Blue Note。Miles Davis。Bill Evans。

 

そして、一番擦り切れていたのは。

父が何度も何度も聴いていた、一枚のレコードでした。

 

ジャケットの角は丸くなり内袋は黄ばんでいました。

私は、そっと針を落としました。

「プツッ……。」その瞬間。

 

子供の頃の居間の風景が、一気によみがえったのです。

仕事帰りの父。新聞を読む姿。湯気の立つコーヒー。

 

窓の外の夕暮れ。そして、静かに流れる音楽。

私は、その時初めて分かりました。父は、音楽を聴いていたのではなかったのです。

父は、一日を終え。人生と向き合っていたのです。

嬉しかった日もあったでしょう。苦しかった日もあったでしょう。

誰にも言えない悩みもあったでしょう。

 

 

そのすべてを父は、音楽に預けていたのです。

 

人は、言葉で伝えられないことがあります。

「ありがとう。」

「すまなかった。」

「お前を誇りに思っている。」

そういう大切な言葉ほど、口にできないことがあります。

 

しかし、不思議なことに、音楽は、それを伝えてくれます。

 

あの日、父が聴いていたレコードは何十年の時を超えて、私にこう語りかけてきました。

 

「よく頑張ったな。」

「人生は、悪くなかったぞ。」と。

 

相続とは、お金を受け継ぐことではないのかもしれません。

 

本当に受け継がれるものは、「その人が、何を愛して生きたか。」なのです。

だから私は思います。

もし私がこの世を去った後。

誰かが私のレコードを手に取り。

針を落としてくれたなら。それだけで、十分幸せなのだと。

 

父が遺してくれたもの

1. 働くことの大切さ。

2. 静かな時間の豊かさ。

3. 好きなものを持つこと。

4. 人生には音楽が必要なこと。

5. 多くを語らなくても伝わること。

6. 人は愛したものの中に生き続けること。

7. 最後に残るのは、物ではなく物語であること。

 

 

 最後の一文

 

「父が遺したのは、一枚のレコードではなかった。」「言葉にできなかった、人生そのものだったのである。」

 次回予告 第4話 「人生には、B面がある。」 ~若い頃には分からなかったこと~