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第3話 「EMT930を整える朝。」
~王様は、なぜ50年経っても現役なのか~
朝5時。
まだ街は静かです。
私はいつものように、書斎の扉を開けます。
そこには、一台のターンテーブルが佇んでいます。
EMT930。
無骨なグレーハンマートーン。
無駄のない機能美。
華美な装飾など、一切ありません。
しかし、その姿には、不思議な威厳があります。
まるで、「今日も音楽を聴くのか。」
と語りかけてくるように。
EMT930は、もともと放送局の機械でした。
娯楽品ではありません。
ドイツの技術者たちは考えました。
「10年使えるものを作るな。」
「50年使えるものを作れ。」
その思想が、この一台には詰まっています。
鋳造シャーシ。
巨大なモーター。
精密なアイドラーホイール。
そして、何十年経っても調整可能な構造。
現代の製品の多くは、壊れたら交換です。
しかしEMT930は違います。
「直して使え。」と言わんばかりに作られているのです。
私は、EMT930を使う朝が好きです。
まず、キャビネットを軽く拭く。
プラッターを外し、状態を確認する。
必要ならオイルを差す。
そして、静かにスイッチを入れる。
「ゴォーッ……。」
低く力強いモーター音。
数秒後巨大なプラッターが、何事もなかったかのように回り始めます。
その瞬間、私はいつも思います。
「50年前も、こうして回っていたんだな。」と。
EMT930は、不思議な機械です。
性能だけを語るなら、もっと優秀なターンテーブルはあるでしょう。
ワウ・フラッター。
SN比。
回転精度。
数字だけなら、現代機に軍配が上がるかもしれません。
しかし、それでも私たちはEMT930に惹かれます。なぜでしょう。
それは、この機械が、「思想。」だからです。
* 長く使うこと。
* 修理して受け継ぐこと。
* 本物を作ること。
* 妥協しないこと。
EMT930は、音だけではなく、生き方を教えてくれるのです。
歳を重ねると、少しずつ分かってきます。
人生もEMT930に似ているのだと。
若い頃は速さを競います。
しかし、最後に残るのは、「長く愛されたもの。」です。
人も。
仕事も。
友情も。
EMT930も。
手をかけたものだけが、50年後も現役でいられるのです。
ある日、ふと思いました。
私がいなくなった後、このEMT930はどうなるのだろう。
誰かが使ってくれるのだろうか。
また別の誰かが、朝の静かな時間に、この機械にオイルを差すのだろうか。
もしそうならそれは、とても幸せなことです。
なぜならEMT930は、機械ではなく、「時間の継承者。」だからです。
EMT930が教えてくれた七つのこと
1. 本物は、半世紀経っても色褪せない。
2. 良いものは、修理して使う。
3. 数字では測れない価値がある。
4. 人生は、長く愛されることが大切である。
5. 妥協しない仕事は、美しい。
6. 受け継ぐことは、文化である。
7. 人は、最後に自分の生き方を残す。
EMT930の魅力
* 放送局仕様の信頼性。
* 圧倒的なトルク。
* 整備性の高さ。
* 工業製品としての完成度。
* 半世紀を超える耐久性。
* 「王様」と呼ばれる風格。
最後の一文
「EMT930は、ターンテーブルではない。」
「半世紀を生き抜いた者だけが持つ、静かな威厳なのである。」
第4話「針先に宿る世界。」
~カートリッジの寿命は、人生の豊かさで決まる~


