【オーストラリア】「日本という船を揺らし続ける」 山上信吾・TMI特別顧問インタビュー(NNA) - Yahoo!ニュース

 

 

以下、記事の抜粋。

【オーストラリア】「日本という船を揺らし続ける」 山上信吾・TMI特別顧問インタビュー

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NNA

山上信吾・法律事務所TMI特別顧問

 2021年初頭から約2年半にわたり駐オーストラリア日本国大使を務めた山上信吾氏がこのほど、オーストラリアのシンクタンク、IFRS(地域安全保障研究所)の招きでキャンベラなどを訪れ、地元の政財界の重鎮らと交流した。氏は現在、法律事務所TMIの特別顧問、笹川平和財団の上席フェロー、IFRSのリージョナルディレクターの3つの肩書を持つ。キャンベラに赴任していた大使時代は、まさに豪中対立が激しかった頃で、山上氏は歯に衣(きぬ)着せず中国を批判して、まれに見る日本人外交官として名をはせていた。山上氏に、現在の活動などについて聞いた。【NNAオーストラリア編集部】  ――米大統領選挙が佳境を迎えています。トランプ大統領再選の可能性がある中で、日本は適切に準備できているでしょうか  選挙の行方はまだまだ分かりませんが、カマラ・ハリス氏への支持率が高まる状況もあるだろうし、逆に馬脚を現す可能性もあります。トランプ氏もまた失言する機会もあるだろうと思います。  ただしハリス氏は、カリフォルニア州出身の超リベラルで、全く中身がないという見方が厳然としてあり、民主党関係者の間でも大統領にふさわしいと思っている有識者は少ないということは指摘できます。  今後、若い世代へのアピールがどれだけできるか、中高年世代はハリス氏をどう評価するのか、そこがこれからのカギになるでしょう。  トランプ氏については、日本では「もしトラ」を警戒するように言う人が多いですが、私はあまりそうは感じていません。今の対中国フロントを考えた場合に、一番心配なのは、西側のリーダーが皆弱く見えること。バイデン大統領しかり、岸田首相、英国のスターマー首相、フランスのマクロン大統領、ドイツのショルツ首相、カナダのトルドー首相しかり。唯一しっかりしているように見えているのがイタリアのメローニ首相ですが、しょせんはイタリアだと。中国にとってはくみしやすく見えてしまいます。  ――その辺り、トランプ氏はイメージが強いと  トランプ氏のような、自分を強く見せる、弱いとみられることを徹頭徹尾嫌う大統領は、対中フロントでは決して悪いことではないです。心配なのは、トランプ氏はこれまで、台湾問題について話した時に、必ずしも中国の武力行使をいさめることはしていない、ということです。  どちらかというと、台湾問題は米中問題のコマとして使われかねないような印象を与えているのです。  そこで、トランプ氏のねじを巻くことを、日本の首相ができるかどうかが正念場なのです。  もっと言えば、実はナラティブは決まっていて、トランプ氏には「もし台湾を見捨てたら大変なことになりますよ。台湾を失った弱い大統領として、歴史に汚名を残しますよ」と、日本の首相が進言すべきなのです。  安倍元首相だったら言えたでしょうが、岸田首相は言えないでしょう。であれば、閣僚、次官、局長など重層的に米国とのコミュニケーションのネットワークを使って、米国に働きかけていく。第2次トランプ政権が発足したら、それが最大の課題になるはずです。  ――トランプ氏は米国第一主義で、国内経済だけに関心があるようにも映ります  ただし「米国を再び偉大に」というスローガンは、経済だけでなく、海外で堂々と振る舞う米国も意識しているはずです。  習近平国家主席や北朝鮮の金正恩最高指導者を褒めたりとか、余計なアドリブがあるクセは第1次政権の時に、われわれも身に染みています。それをきちんといさめて、トランプ氏にインプットしていくというのは日本の役割なのです。  だからこそ、岸田首相の米議会での演説には心底がっかりしました。米国をヨイショするだけで、注文を付けていなかったためです。台湾の「た」の字も言わなかった。これからの日本は注文を付けていかないとダメです。  外務官僚が岸田首相に進言をためらった、あるいは外務省の意識が弱かったというのはあるでしょう。しかし政治家の間でもあの程度のスピーチで自画自賛しているようでは日本の将来は暗いと言わざるを得ません。  台湾有事の際に日米がどう動くかがカギなのに、日本の首相のメッセージとしては弱すぎます。  ――先月4年ぶりに日米豪印戦略対話(クアッド)の外相会合が開かれましたが、安倍首相亡き後、クアッドは弱体化しているように見えます  その通りで、私は不安で仕方がありません。クアッド自体は、日本の戦後外交の金字塔なのです。「自由で開かれたインド太平洋」という概念を打ち出し、それを実現するために、日米豪印の結束を引っ張ってきたのは安倍元首相を中心とした日本でした。  ところが、岸田首相になった途端にクアッドに対する言及はめっきり減りました。それだけではなく、クアッドによる目に見えた成果も出てきていない。日本の政権が代わって力点の置き方が変わるようでは、日本外交の信頼度にも関わります。  今年4月の米議会での「岸田演説」でも、米国、フィリピン、オーストラリア、韓国などの国を挙げながら、そこでの3カ国、4カ国間の連携が大事だという言い方をしていました。組み合わせはいろいろある、ほかのクアッドもあると示唆しているわけです。  それはつまり、日米豪印のクアッドの重要性の水が薄まっていることにほかなりません。このメッセージを聞いた時に、私はがくぜんとしました。なぜ日米豪印のクアッドと言えないのか。  確かにウクライナ戦争への対応に当たっては、ロシアと近いインドの立場から、足並みがそろわず、限界があったことは事実です。しかしそれは欧州での事案についての対応です。であればなおさら、日本がまとめるための汗をかかないといけません。  今回私はオーストラリアでの滞在で、スコット・モリソン前首相とも懇談しました。その際彼も、クアッドのイニシアティブをとるのは、日本かオーストラリアしかないと言っていました。米国もインドも自分たちのことで忙しい国だと。だからこそ、米印を引っ張って、インド太平洋に目を向けさせるのは、日本かオーストラリアしかないのです。  この間、東京でクアッド会合を開いたのは救いですが、会合の頻度や打ち出す成果も、もう少し工夫する必要があります。  ――豪中関係の悪化は表面的にはほぼ収束しているように見えますが、労働党政権の中国戦略についてどう評価していますか?  豪中関係の悪化の後、オーストラリア側に警戒感が高まったのは結構なことで、一定の安心感を覚えていますが、今の労働党はアルバニージー首相もウォン外相も、中国を名指しで批判するのをためらう態度が濃厚です。それが有効かどうかは大いに疑問符が付きます。  批判するべき時に表舞台でも批判することが、中国の改善を促すには不可欠で、その意識が決定的に欠けています。  のみならず、前保守連合政権の対中政策を批判もしています。オーストラリアが先頭に立ってあそこまで中国と事を構える必要がなかったのに、といった批判です。これは全く中国が分かっていない所作です。  今の岸田首相もそうですし、林芳正官房長官も上川陽子外相もです。信頼できる筋によると、上川外相に至っては、対中政策ではほぼ毎日のように、親中の福田康夫元首相に相談しているそうです。現在の日豪は、対中国で弱腰なのは共通しているのです。  中国は「韜光養晦(とうこうようかい)」の時代はとうに過ぎて、「戦狼外交」に変わっています。在日本の中国大使が「日本の民衆が火の中に連れ込まれる」などという、とんでもないことを言ったりするわけです。変わった中国に対して日本の対応が決定的に遅れているのです。  ――日本の外交はいつも腰が引けている、その背景には何があるのでしょうか?  日本の弱腰外交を変えたくて外務省の門をたたいた私の立場からすると、一般論として、その要素は3つあります。  1つは、日本人の性格です。目の前の人間と徹底的にいがみ合うことに居心地悪さを感じる性格です。商売敵であろうが、隣人だろうが、クラスメートだろうが、なあなあを好みます。「和をもって尊しとなす」では外交にならず、時には心を鬼にしないといけない時もあるのです。  2つ目は、日本の外交官が持っている外交についての考えが、世界標準とずれているということです。国家主権の問題や領土問題、歴史認識の問題など、足して2で割れないような外交問題は多い。最後の所は、「Agree to disagree(同意しないことに同意する)」と、物別れしなければいけない問題はあります。  それなのに、うまくまとめようとするから弱腰外交になる。向こうが折れないのにこっちが折れる。韓国との慰安婦問題の「河野談話」などはその典型です。  3つ目は、政治家に胆力がないということです。例えば、日本の国益にならない交渉の場合、「まとめなくていい、席を立って帰ってこい」という指示が政治家から出たら、日本の外交官は実際にそうします。しかし、私が40年間外交官をやって、「交渉を壊してもいいから」という指示をもらったことは一度もない。何とかまとめてこい、接点を見つけろと。政治指導者の心構えの問題もあるでしょう。  ――それで思い出すのは、オーストラリアともめた捕鯨問題の時に、私が当時の農水省幹部に取材した時のことです。その際、農水省の幹部は、外務省や駐豪日本大使が、オーストラリア向けに行儀のいいことしか言わないことに不満を述べていました  私はその頃、外務省の経済局長として政権内部にいました。農水省は農水省で、対外的に説得力を持った交渉ができないのに外務省のせいにする、というのはムシが良すぎます。  国際捕鯨委員会(IWC)を脱退する時、オーストラリアがあらためて日本を訴える恐れがありました。というのも、捕鯨は国際機関を通じてやらなければいけないと、国連海洋法条約の規定に書いてあったためです。そこをオーストラリア側に突かれて、再度訴訟に持ち込まれる可能性があったのです。  それを裏で阻止するためのミッションを任されたのは、当時経済局長だった私でした。2018年11月に、当時の安倍首相がダーウィンを訪問した。その後、私だけがキャンベラに飛んで、キャンベラのオーストラリア政府高官と捕鯨問題の対応についてやり合ったのです。  このように、農水省や水産庁だけが矢面に立っていたわけではありませんでした。別の面で外務省が情けないのは確かなのですが、外務省だけ責められるのも違います。外務省の中にも志がある人間はいるし、農水省にも理念のない人間はいるでしょう。私自身は40年間、外務省を変えようとしてきた。でも、他の省庁や政治家の応援がないと至難の業だということです。  私が外交に関心を持ったきっかけは、陸奥宗光の「蹇蹇録(けんけんろく)」です。本当に面白いと感動したものです。また、外務省で次官を務めた村田良平氏の「回想録」、特に下巻は圧巻です。憲法とか日米安保条約に対して徹底的に懐疑的な姿勢を貫いています。外務省にもこういう国士がいた。私はまだ若い頃、村田駐米大使のかばん持ちをしたこともありますが、氏の著書が励みになり、外交官としてやっていく力をもらったのは間違いありません。  ――最近の日豪の関係で、気になっていることはありますか?  オーストラリアが調達しようとしている最新のフリゲート艦の入札動向ですね。日本のほか、韓国、ドイツとスペインが意向を示しています。しかし、日本の動きが遅いのが気になっていて、私は事あるたびに高圧電流を流しているんです(苦笑)。オーストラリア側の安全保障専門家と話していると、彼らの多くは、日本の海上自衛隊の三菱重工製の「もがみ型護衛艦」を推していますし、もがみ型がいいという層はオーストラリア政府の中にもたくさんいます。しかし、日本のメーカーと政府が一体となって強力に売り込む姿勢が感じられないのです。潜水艦入札の時と同じ構図ですね。  潜水艦ならともかく、フリゲート艦ですから、最新技術を渡したくないという意向があるわけでもないはずです。このままいけば、韓国などの他国に取られます。韓国は西オーストラリア州の造船所オースタルを買収してまで取ろうという姿勢です。海洋国家でさえない韓国に負けたら恥です。潜水艦の時は、安倍首相とアボット首相の強力な関係がありました。今の岸田首相はやる気があるのかどうか、心配しています。  ――オーストラリア側には、前回の潜水艦の時の日本に対する負い目があるのでは?  ないことはないと思いますが、それ以上に大事なのは、戦略面でのメリットを考えると、自衛隊は米軍と緊密に連携しており、米軍のコンバットシステムを搭載できるようになっています。それにもがみ型の乗組員の定員は90人と人員を省力化でき、オーストラリアの軍隊不足の実情にもあっており、もがみ型はオーストラリアにとっても望ましいのです。日本との安全保障協力が各段に強化できますし、オーストラリアの国益にもかないます。日本は有利なポジションにいるはずなのに、それを有効活用できていません。  ――日本が対外情報機関を設立すべきだという声があります  それは当然です。私はインテリジェンス担当局長をやっていたので、その時から、一刻も早く新しい器として対外情報機関を作るべきだと訴えてきました。大事なのは、既存の役所の出島にしないことです。警察でも、外務省でも、自衛隊でも、防衛省でも、内閣情報調査室でも、公安調査庁でも法務省でもない、新しい組織に有為な人材を集めて、米CIAとか英MI6などと丁々発止のやりとりができ、じっくりインテリジェンスに取り組むプロを育てるべきです。台湾有事が起きる前にしっかりしたものを作っておかないと。  私は外国から「俺たちのカウンターパートを早くつくってくれ」と何度も言われてきました。先日も、自民党のある大物政治家の勉強会に出席して、対外情報機関の必要性を口酸っぱく訴えてきましたが、その政治家は「日本のいろいろな役所の情報担当機関と話すと、今のままでいいと言われる」と言っていました。そこで私は「だからダメなのです!」と反論しました。  外務省や警察庁の情報担当幹部は1~2年で頻繁に代わります。そのため、MI6の長官が日本を訪れた時などに、日本の担当役人は部下が書いた原稿を読み上げるようなことをしてしまう。極秘情報や高度な分析を扱うトップ同士なのに、それをやった途端、相手は引いてしまうのです。  私はよく「日本は大縄跳びを跳べていない」と言います。パートナーの他国と協調して動けているわけではなく、一人だけで縄跳びをして自己満足しているのです。  日豪関係と並んで、対外情報機関の設立は、私のライフワークだと思っています。日本の国民の皆さんにはぜひ応援してほしいです。  ――今後、国内外でどんな活動をしていきたいですか?  私には今、3つの帽子があります。TMIの特別顧問、笹川平和財団の上席フェロー、IFRSのリージョナルディレクターの3つです。今回シドニーに来たのも、TMIが日本の大手法律事務所としてシドニーに初めて拠点を設けることになり、オーストラリアのカウンターパートを探しているためです。そのパートナー探しに当たっては、私のオーストラリアでの大使経験や人脈も生きるでしょう。  私は駐豪大使時代に、日本の在外公館の仕事ぶりのベンチマークを設定すべく腐心しました。そのベンチマークを、大使館や領事館職員だけでなく、在留邦人や民間企業の方々にも意識して活用していただきたいと思っています。  私はそれら3つのプラットフォームで、日本外交をいい方向に変えていきたい。民間に出たということは、外交官時代にはできなかった呪縛から解放されたということでもあります。今後もオーストラリアに来て、日本外交、さらには日本という船を揺さぶり続けたいなと思っています。(了)【聞き手=西原哲也】』

以上、抜粋終わり。

 

 

外交官として長年活躍してきた山上氏のインタビュー記事です。国際政治の厳しさについて語っていらっしゃいます。国際政治の場が生易しい場所でない、というのはそのとおりです。クラスの優等生のような立場を維持しようとするだけでは、世の中を渡っていけません。