先日、行きつけの床屋に行った時のこと・・・たまたま普段と違うスタッフさんが顔を剃ってくれた。その時、スタッフさんが・・・「桂さん、失礼ですが、頬の傷はどうされたのですか」と。永年のお付き合いだが、初めて気が付いたという。

 「実は三歳の時に、自転車禁止のアーケード街で自転車に轢かれたんです」と回答。
その時は、頬の目立つ処にあったのだが、成長とともに端にずれていったので、現在はかなり目立ちにくいところになっているのだ。

 その時のことは今でも鮮明に記憶にあり、叔父が抱えて病院に運んでくれた。

 

 だが、スタッフさんと話してハッと気付いたのが、当時のことで加害者は走り去り、損害賠償どころか治療費ももらっていないということ・・・警察も呼んでいなかった

 スタッフさんはさらに・・・「でも桂さん、その後は大きな怪我とかはなかったんですか」と。そこで、悪夢の小学四年生を思い出してしまった。

 まず最初に我が家の前で、路駐の車の陰から道路を横断する際、車に轢かれた。バンパーに強く頭を打ち付けた。その他の怪我はなかったが、近所の病院にかつぎこまれた。

 その後、額に汗をかいたりして脳波の検査もしたが、幸い大事にならなかった。その後、人生で最大のピンチに見舞われた。

 町はずれで友達と遊んでいたとき、どこからか石コロが飛んできて、頭に直撃し、頭の血管を損傷した

 猛烈な出血で、泣きながら自宅に帰る途中に、見ず知らずのおじさんが、車に乗せてくれて、病院に連れて行ってくれた。まさに九死に一生だった。

 そしてその後、盲腸に罹患し、ようやく傷も癒えた頃、もうすぐ五年生という頃のこと、いじめられっ子だった小生、プロレスごっこに付き合わされ、八針縫う大けがを負った

 このすべてが四年生の間に起こったのだ。ひとつ間違えればのピンチの嵐・・・よくぞ今まで生きてきたものだと。

 

 もう小生に残された命は長くはないはずだが、あの一年のことを考えると、きっとまだ生きていけるかなと。

 そう、あの一年で亡くならなかったということは、神様に生かされているんだ・・・と思いたいものだ

 

 でもなあ・・・間違いなく警察には狙われているかも(爆)

 

  なお、写真はすべてイメージです・・・念のため。