こんばんは!
今日は新しい動画をアップしますね
動画の説明文にも書きましたが…
これは祖母が亡くなる日に
昏睡状態の耳元で
流した音源です
これ聴いたら
血圧も脈拍も酸素も
少しいい状態になってくれて…
なんとか父や従兄弟が来るまで
持ちこたえてくれました
今でも
「あ、おばあちゃんもういないんだ」
ってふと思い出すと
寂しくてたまりません。
「えりかさん」って呼んでくれて
人との距離感の心地いい
私にとってはとても崇高な方。
ベタベタはしないんだけど
たっぷりの愛情を持っていました。
「孫が可愛い」という視線に
安心しきって、見守られている感じ
ずーっとありました。
大切なことを言葉にするところ
ありがとう、嬉しいわ
ごめんなさいね
お元気?
人に必要以上に寄りかからないところ
(近しい人は水臭いともいう)
人を尊敬するところ
偏ったフィルターを通して
人を見ないところ
ただそのままの存在として見るところ
尊敬するところがたくさんある人でした
何よりユーモアがあります
お爺ちゃんのお葬式の時、
仏教ではお数珠を片手に通すのと
両手に通すのと種類があり
親戚の方がそれを熱弁してました
おばあちゃんは「へぇ」「そうなの」と
相槌を打ってましたが
その方が違う方を向いた時に
「私はキリスト教」
と小声で孫の私たちに言ったりと
少しシュールな笑いを引き出す人でした
亡くなって数日のとき、
胸が真っ黒になって
空洞になってしまった感覚が来ました
空っぽ
景色は灰色…
でも、お葬式の日
目が覚める直前
「おばあちゃんを取り込んだ」
と心の中で声がしました
なんか変な言い回しだけど
胸のあたりがずっしり、
おまんじゅうが詰まったみたいに
空っぽではなくなり
あったかくなりました
その日の夜ぼーっとしていたら
「モンゴメリ」
と頭の中に降ってきて
なんだっけ!と検索して見たら
おばあちゃんの大好きな
赤毛のアンの著者の名前でした
それで赤毛のアンの電子書籍を買いました
その次の日に叔母さんと電話していて
そのことを話したら
私がもらった遺品の中に
ぬいぐるみがあったのですが
それが赤毛のアンだって言うのです
慌てて袋から取り出し
今は一緒に寝ています
長々とおばあちゃんのことを
書いてしまいました
動画は、病院に出発する
20分前に録音のアイデアを父からもらい
演奏したときのもの
オードリーヘップバーンと
おばあちゃんに送った猫と魚の絵
おばあちゃんはそれを
気に入ってくれたみたいで
最後の日、
手帳に似た絵が描かれてたのを
見つけたので、それも一緒に載せました。
「えりかさんの絵には癒される」
って言ってくれてたらしく
こんなに気に入ってくれて嬉しかった
このmoon riverは
おばあちゃんが亡くなる日にあった
映画館でやるライブイベントのために
5日くらい前から用意したものでした
このライブがなければ
これを演奏することもなかったので
とても感慨深いです
結局おばあちゃんと一緒に居たいから
ライブはキャンセルさせてもらったけど
おばあちゃんが映画好きなことや
オードリーヘップバーンの髪型を
真似していたことを思い出して
急遽聞かせてあげよう!って思って
録音したものです
歌詞もずっと解せなかったけど、
調べ直したら
おばあちゃんそのもので
ビックリしました
おじいちゃんが半年前に亡くなって
色々と今までの文句を言ってやりたいのに
現れないのよ、なんて言ってたけど
3/20のお彼岸あたりから
「そばにいるのが分かるの、
もう寂しくない ずっといっしょ」
なんてぼやいていたみたい
そんな風にしておじいちゃんに着いて
旅立ってしまったのかなぁ。。と
歌詞
ムーンリバー 広い川
いつの日かかっこよく渡りきってみせる
あなたは夢を見させてくれて 時には傷つける
あなたの行くところなら
どこへでも着いて行く
2人は世界へと漕ぎ出す
見るべき世界がたくさんあるから
私たちは虹の端をさがしているの
川の曲がりくねったところで待ってるわ
私の懐かしい友よ
ムーンリバーと私
歌詞の中に
「虹の端」
と出て来ますが
お葬式の日
叔母さんが空に
こんなものを見つけました
幻日といって
太陽の横に虹の端っこのようなものが
ぽつぽつと見えますでしょうか
死期が近い夫婦は
人生で一緒に学ぶための
パートナーだったりするそうです
おばあちゃんは色々耐えて
そりゃあ忍耐の人生でしたが
それでも、おじいちゃんが大好きで
2人でワンセットだったのかなぁと
思いました。
この曲ムーンリバーは
お通夜でも流してくださって
お葬式の日はおばあちゃんの
姪御さん(プロのピアニスト)の演奏も
流してくださって
さらにさらに、おばあちゃんが通ってた
教会の牧師さんが遠路はるばるやってきて
賛歌を歌ってくださってました。
仏教のお葬式なのに
(おじいちゃんに合わせた)
住職さんが
「祈りは一緒ですから」
と言ってくださって
音楽だらけの
とてもおばあちゃんが喜びそうな
お別れが出来たのでした。
もうあの「えりかさん」って声を
聞くことがないということ。
昔の私に
もっと目を見開いて
耳を澄まして
おばあちゃんと一緒にいなさいね、って
いってあげたい気持ち
少しの後悔とともに。。
でもそれは、
今にも言えることで
私は今目の前の人との時間を大事にして
おばあちゃんから受け継いだこの身体も
一生懸命ケアして生きていきたいです
散文だと思うけど
自分のために書きました。
ここまで読んでくださった方
ありがとうございます。
