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【姉妹サイト・THE PAPA DAYS】長編自作小説の目次・概要へのリンク【自作小説】優奈ちゃん(5)
だが我が家の優奈はそのいずれでもない。パリコレに立っているとはいえ、普段は中学1年生として中学校に通わなければならなかった。2メートルを超える優奈は、学校にいる誰よりも身体が大きく、かつ世界最年少パリコレモデルとして誰よりも有名な存在だった。だが、優奈の成長がさらに加速を始めたあたりから、微妙に優奈への周りの反応が変わっていったのだ。そのことを俺たち夫婦は、近所やマスコミといった周囲の自分たちを取り巻く空気が変わってたのを受けて、優奈にそれとなく注意を払うことで知ることができた。
優奈は学校で孤立しているようだった。どうやらパリコレのモデルを降ろされたことが原因らしかった。そしてパリコレを降ろされた理由は、優奈の体格がモデルをするのに堪えないほどに巨大化したことだった。優奈は、身長2メートル50センチ、体重120キロという世界仰天ニュースクラスの規格外の体格にまで成長していたのだった。
一口で言うと、優奈は他の生徒から恐れられたのだった。生徒たちは、自分たちと明らかに身体のサイズが違う優奈をまるで異星人のように感じたのだろう。そして、排斥しようとした。子供は正直で、そのため残酷だ。
優奈がクラスで孤立したことは慚愧に堪えないが、生徒たちを憎んでも解決しない。転校したとしても解決するような問題ではないため、俺たち夫婦は、優奈に無理して学校に行くことはないと告げたが、優奈は拒否した。
自分が悪くないのにどうして逃げなくてはならないのだと逆に問われた。答えあぐねていると、それとも自分が悪いのかとさらに問われた。答える言葉を失った俺たち夫婦は、うなだれ、そして泣いた。優奈も泣いた。忘れもしない、優奈中学二年生の冬の出来事だ。
それからの数年間は、本当にいろいろあった。俺たち家族には、辛いことのほうが多かったかも知れない。いや、本当につらかったのは優奈で、俺たち夫婦は優奈の受ける苦痛を間接的に感じて、でもどうしようもなくて阿保みたいに「気にするな」と繰り返し述べていたに過ぎない。
優奈は強い子だった。決して弱音を吐かなかった。俺たち夫婦はくじけない優奈に救われながら、同時に優奈を苦しみから救い出せないふがいなさと情けなさを味わい続けた。それでも俺たち家族はやはり幸せだったと思う。悲しみは喜びの裏返し、楽しい日々は目前だと信じていた。
結局、優奈は一日も休むことなく高校を卒業した。中高一貫校に入学したのが良かったのか、高校に進んだころから優奈は少しずつ笑顔を取り戻し、俺の記憶に間違いがなければ高校2年生の夏に、優奈は孤独から完全に脱却したのだった。その日は、優奈がパリコレを降ろされてから初めて友人を自宅に連れて来た記念日だった。
優奈の孤立以来、やや鬱状態になっていた妻もまた、優奈に引きずられるように笑顔を見せ始めた。
我が家にぽかぽかとした明るさが戻った。そのころから優奈は、ものすごい勢いで勉強に打ち込んだ。勉強が苦手な俺が思わず吐きそうなくらいな勉強量だった。その介があってか、優奈は東大に進学を決めて、卒業式を迎えた。卒業証書を受け取るときの優奈の堂々とした姿に俺たち夫婦は涙した。優奈は晴れやかな顔をして、東大の理科三類に通いだ出した。
【自作小説】優奈ちゃん(4)
入学後すぐ、身体測定があった。わが家ではもう何年も前から、優奈ちゃんの身体のことを気にしないようにしようと取り決めたときから、優奈ちゃんの身体の成長具合を数値で確認することを避けていた。目で見るだけで充分把握できたからだ。
一般の家庭では、子供の成長はどんなささいな変化も見過ごすわけにはいかない関心事だろう。詳細に身体を計り、1センチ伸びた、3キロ増えたと言っては子供の成長に歓喜する風景が容易に想像できた。
たがわが家は事情が違う。1センチ伸びるのに、おそらく優奈ちゃんは1ヶ月半を要さない。体重に到っては言わずもがなだ。表現が悪いが、いちいちそこに一喜一憂している暇がないのだった。
そうは言ってみても、実際に目で見える数値に感心がないわけはなかった。敢えて計ろうとはしなくても、計測済の結果があるならば見ない道理はない。俺は残業を回避して早々に帰宅した。
果たして、優奈ちゃんはすでに、中学3年生女子の平均的なの体格にまで肥大化していた。158センチ、48キロという堂々過ぎる体格だ。九々も解さないのに中学生の身体を持つ小学生が他にいるだろうかという考えがちらりと浮かんだが、すぐにバカバカしいと打ち消した。いるわけないのだ。
「ほとんど大人ね」
たった一言、妻の感想だ。不安も疑念も悲しみも感じさせない妻の感想は、何と言うか達観という表現がしっくりくるものだった。
俺たち夫婦は改めて確認し合った。これが優奈なんだ、と。二度、見つめ合ってそう言い合って、ビールを飲みながらさらに三度そう言い合うと、すごくすっきりしたというか、何かから解放されたというか、とにかく心がとても軽くなった。妻も満開の笑みをたたえていたから同じような気持ちを抱いたのだろう。
その見つめ合いは、俺たち夫婦と優奈ちゃんという、かけがえのない家族の見えない何かが変わったことを現していたのかも知れないと、俺は思っている。
11歳になった優奈ちゃんは、すでに世間に大きく羽ばたいていた。パリコレのステージにプロのモデルとして立つという偉業を成し遂げたのだ。
小学生になってから少しずつ成長の速度に鈍化の兆候を見せはじめた優奈ちゃんは、それでも小学3年生になるといよいよ170センチの大台を越えた。体重も50キロくらいだったろうから、モデルのような体型と言えるだろう。
そして本当にモデルになってしまった。俺はよく知らないが、妻によると十代の女性に絶大な人気があるファッション雑誌だそうで、まだ十代にも満たない優奈がそこで名を馳せるというのも不思議なものだが、そのことを話した際の妻の腹蔵のない無邪気な笑顔に、俺はただ素直に同意した。
そういういきさつがあったから、優奈の人生の舵がそういった方面に切られることについて、俺たち夫婦は何一つ反対しなかった。心配もなかったかと問われれば、ないとは言えない。だが、モデルをやりたいと俺たちに堂々と主張した優奈の気持ちを、俺たち夫婦は最大限に尊重した。初めてだったのだ、優奈が自らの希望について真剣に力強く宣言したのは。
それから3年後、優奈はパリコレの舞台に立った。身長は185センチになっていた。世界最年少でパリコレに立ったモデルというギネス記録を受けるというオマケもついた。すべては順風満帆に進んでいると思われた。
しかし、そのわずか1年後、俺たち夫婦は、優奈の人生がそう平坦な道程ではなさそうだということを、再認識させられることになった。落ち着いたと思っていた優奈の身長が、想像を絶するほどに急激な成長を見せたのだ。
