<受け取りと恩送り>
ひとつの景色
ひとつの経験
ひとつのアイディア
ひとつの生は
鉱物の結晶のように多面体であり
角度により異なる煌めきを魅せてくれる
そのときは情報量が多すぎて処理できなかったり
固定された角度からしか見えていなかった
経験という輝石を
ときを経て違う角度違う距離感から見て
そのあまりの輝きに圧倒されることがある
どれだけ豊かに与えられていたのかを知る
そのとき初めて受け取ることができる
光がある
ときにわかりやすく
ああ、いのちを繋がれたなぁ
と感じるキセキがあり
多くの場合何故かそれは
本人に直接返すことはできない
宇宙に
そのときそのとき目の前のひとに
返していくことしかできない
遺伝子とは完璧であり
たとえば傷物語の再演に最適な共演者を
そのときそのとき
正確に探し当て手繰り寄せ
自ら火中に突っ込む
だって
もう一度
感じたい、
味わいたい、
あの傷を……!
また別の物語
「与える受け取る」
しあわせや心地よさが成立する相手や場も
正確に、探し当てる
わたしたちは
何を受け取るかを
選ぶことができる
ある日急に思い出したパリの景色
行ったことのない国
誰も知る人のない場所を選んで身を投じた
母親を見送った翌年のこと
東京にしか住んだことのなかった私には
人生をたのしむことが上手なフランス人の様子は眩しかった
誰も何も急いでない
ただただ陽光を浴びくつろぐ
歩いている人も座っている人も
みんなみんなしあわせそうで
自分もその一部のように感じられて
なんて幸せなんだろうと涙した
わたしがしあわせであれば
両親含む先祖のすべてがしあわせとなる
報われると
その場面を急に思い出し
あれこそが遺伝子19番の本領
「受け取り」
だと知った
自分以外のすべての人の
ひとという営みそのものが
わたしに与え
わたしを救いとる
「わたしがやっている」
と同じように
「相手もやっている」
受け取りきれてはいなかったその質量を
十数年後の今
「受け取った」
これからも
何度でも
受け取るだろう
だから私もまた
こうやって続いてきた
人という営みに返していく
先日ひさしぶりに
理解されるよろこび
本質を観てもらえるよろこびに打ち震えた
これもまた宇宙に返していくんだと、
知っている。
