<ニュートラル・誰ひとり「可哀想」と観ない場所に立つ>
「裏政府の…」✖️10、その他関連動画をいくつか見倒したここ数日。
あまりに安く粗悪なハリウッド映画のような内容に具合悪くなりつつも
最後まで、見届けた。
そして思う。
何かが明るみに出ることは救いなれど
排するほどに闇はその色を濃くするもの
ヒーローもののBGMで煽りながら…
闘い、駆逐、一掃、排除、駆除、
この手の言葉を用いて
正義の鉄拳を振り下ろしている限り
同じ土俵での光と闇プレイに過ぎず
それは、終わらない。
たとえば私がその
口にしたくもないシーンに
居合わせたとして…
私だったら、どんな行動を取るだろうか?
私の身体のつくりでは
執行者を
その場で殺してもおかしくないと思う。
脊髄反射で。
見事に、同じ土俵プレイだ。
そして後悔しないだろう。
と、今はこの
南の島の鳥のさえずりを聞きながら
思い巡らせていられるけれど、
実際、恐怖で1ミリも動けなくなる可能性は?
何らかの脅しに1ミリも屈しない可能性は?
または、「魅力を感じて」
あちら側に呑まれる、可能性は?
「ない」と言っていられるのは、
単なる今世のラッキーなんじゃないのか。
あんな話やこんな話見せられて
市井の私たちに何ができるのかって
やはり
自分の踊りを踊るだけだなと思う。
薬や
弱いものの生き血を啜ったりしなくても
叩きあったり落としあったりしなくても
いのちの輝きに満ち満ちていられる世界
内奥から溢れて来るあたたかいものを
あたりまえに分かち合える世界
そういう世界を生きるには
いのちのど真ん中に立ち戻るほかにない
時代に浮き上がってくるあらゆるものを
真中の静かな場所で
目をひらいて
お見送りしながら
それぞれのど真ん中から
湧いてくる綺麗なお水で
それぞれの世界を満たしていくしかない
そうやって満たしあっていくんだと、思う。
私のアップダウンをよそに
今日も庭のお花たちが美しく咲いている。
世界のニュースに
自分のニュースに
持っていかれても
持っていかれても
戻って来ることはできる。
↓最近読んでるナリ君のブログわかりやすい。
ばっさばっさ斬ってる、やさしい記事。
