たとえばカラダが
手袋みたいなものだとすると、
5本の指すべてのはじっこまで
みっしり指をさしこんで
どこかに偏ることなく、
どこかの指が すり切れることもなく、
手袋のなかの手も
手袋自体もごきげんで
このコラボ、いい感じ〜うふふ〜

なんていう状態であれば、
何かを断ったり、
「浄化」
なんてことをするひつようもない。
いのちを感じること
から逃げることなく
そのときそのとき
ほんとうにじぶんの欲しいものに気づくことができ、
取捨選択していくことができるなら、
は〜〜スッキリしたい〜!!!
と思うほど、
手袋のなかに何かが溜まってしまうこともない。
ただ、ひとは、「何か」あるとそこから意識の手を引きます。
感じないように、まぎらしてまぎらして、
まぎらしてくれるものを投入していく。
手袋に指を通すどころではなく、
手袋の上のほうを外からつまんでひきずって歩いてたり
情報や情報や情報や情報でパンパンになっていたり、
どっかが破けてるのにますますその指ばっかり使ってたり、
様々なバリエーションがあるかとおもいます。
てぶくろは、
それ自体を静かに感じてあげれば
その経験を十全に感じてあげれば
それ自体のここちよさ
を感じさせてくれます。
取り巻く世界のうつくしさをうつす
生きた器。
なにを入れて
誰にあげましょうか。
そこをたのしんでいくための、
あぱらぎクレンズ・リトリート。
ご縁あるかた、お待ちしております
