私は子供の頃から、なんとなく「ここは私の居場所ではない」「ここは何かが違う」「ここに居てはいけない」という感覚を持っていました。最初に自覚したのは3才でした。このイメージが、これまでの人生において、実際に恐ろしく耐え難い現実を作ってきたことについて、深く理解できたのは後のことです。

 

またいつも満たされない欠乏感や無くなっていく感じや、いきなりあるいは徐々に侵入されて、大切なものを奪われたり、攻撃されたり、損をする感覚も強く持っていました。

 

これらの個人的な感覚が、ヒーリングを通してどう変化していったか記していきたいと思います。

 

初回は、電話の向こうのヒーラーさんの「今日はどんな感じですか?」でスタート。

そのうち顔の右半分、右肩が張ったような固さを感じ、浮かんできた言葉が「アウトロー」、そして思い出されたシーンは、小学校に入学して早々におたふく風邪になったときのこと。

 

学校に行かず、祖父の邸の庭で一日中遊びまわっていた、楽しい思い出の一つとして残っていました。私は、クラスでは前から四番目くらいの席でした。前から順番に一人ずつおたふく風邪に罹って欠席していったため、担任から両親に病院で診てもらうようにという電話がありました。お医者さんに「なんとなく右のほっぺたが腫れている感じがする」と言ったら、急に学校を休むことになったこと、すると近所の人たちから羨ましがられたこと、おたふく風邪は子供の頃に早く罹るといいということが分かったこと、私は他のクラスメートたちと違って症状がとても軽かったのもあってか「うちの子と遊んでー」と色んな子がうちにやってきたこと、その後、祖父の邸に行くことになったこと・・・等々、詳細に覚えています。

 

この中で、ヒーラーさんが「その色んな子がやってきたというところでエネルギーが変わったから、詳しく聞かせて」と言われました。学校を休むことになったその夜、うちにやって来た人の中には、知らない親子がいました。夕方のご飯時に、いきなりピンポンと鳴り、グイッと玄関に入ってきて「おたふく風邪になったんですよね。うちの子にうつして欲しい」と言うのです。噂を聞いてやってきたと。母も私も驚いたものの、母が断っていたことを思い出しました。このときヒーラーさんに「第2チャクラが、特に子宮がとても熱いんだけど、何か感じませんか?怒りはありますか?」と言われました。薄っすら子宮の存在は感じましたが、特に感情は上がってはきませんでした。

 

その夜、両親は相談して、翌日から私は祖父宅に預けられました。

 

ヒーリング中に「思い切ってシャットアウトしないと、侵入者とのスペースが取れない」「いきなり身勝手な理由で踏み込まれ、私の尊厳、気持ち、感情は一切無視される」というヒーラーさんの言葉を聞いていると、とても辛くなって、胸が押し潰されるような気持ちなりました。それと同時に、自分の脆弱なバウンダリーや安心安全のテーマについて一歩理解が進みました。

 

最後に「もうずっと呼吸していいくらいですよ。ハートにも呼吸を送ってくださいね」というアドバイスでヒーリングは終了しました。

 

(追記)

ヒーリングを受けた翌朝は、子宮に燃えるような熱さと共に目覚めました。同時に爆発的な怒りも感じました。初めて怒りと体の感覚がつながる体験となりました。