最初に出てきたのは、胸からデコルテにかけての苦しさでした。
そこから浮かんできたのは、「私だけ不幸」「私だけ苦しい」「私だけ助けがない」「私だけ嫌な目に遭う」「私だけ損をする」という感覚。
これまで私は、実際に理不尽な出来事や衝撃的な体験を何度も経験してきました。
だからこそ、その感覚は「事実」だと思っていました。
そのときヒーラーが尋ねました。
「それはイメージで見ている世界。本当にそうなのか、一度疑ってみてもいい」
オーラルの傷には「ない」に意識が向きやすい特徴がある。
助けがない。愛がない。信頼がない。
支えがない。ゆるしもない。
でも、本当は「ある」ものもたくさんあったのではないか。
私はその「ある」がすっぽり抜け落ちて、「私だけ」という感覚だけが大きくなっていたことに気づきました。
もちろん、私がトラウマを抱えるようになった小学校、中学校時代、荒い嫉妬からの足の引っ張り、
理不尽な嫌がらせなど、本当に辛い嫌な経験もたくさんありました。
その第一陣の集団・個人からの圧倒的な悪意に心が耐えられなくなった結果、
第二陣として次に現れた優しい人たちまで信用できなくなっていました。
そこには、
敬意を払ってくれた人。
応援してくれた人。
関心を持ってくれた人。
黙って寄り添ってくれた人。
そういう人たちに対しても、混乱から距離を置き、
自分から受け取らないようにしていたことを思い出しました。
当時は、子供らしく無防備でいたところへの人の悪意を丸ごと受け取ってしまったこと、
人を信じて裏切られた時の感情の落差に耐えられなかったのです。
だから、「最初から受け取らなければ傷つかない」という選択を、無意識にしていました。
振り返ってみると、これまでの人生で私は、人からのサポートや厚意に対して、
「はい、そこまで」と、自分で受け取りを止めていました。
そして、「私はいつも辛い」「私は助けがない」
という世界を、自分自身で信じ続けていたのかもしれません。
でも、「世の中はそれだけではない」「全員がそうではない」という視点も、
少しずつ持てるようになりたいと思いました。今回改めて感じたのは、「私だけ」という感覚は、
頭で考えてできたものではなく、言葉を持つ前のオーラルの傷の場所にあるということ。
だからこそ、無理に考えて変えようとするのではないと。
この「ない」は日常でも頻出します。
まずは体の感覚を丁寧に感じていこうと思います。
「ない」ではなく「ある」に意識を向けること。
そして、人の厚意を少しずつ受け取る練習をしていくこと。
あらためて私の大切なテーマと感じたヒーリングでした。