《ノルェイの森》を見て、数日・・・
あまりに衝撃的な内容(想像とのギャップ)だった為にまだまだ上手に消化しきれてないですね
ただ、少しづつぼんやりと見えてきた部分もありまして。。。
全世界50ヶ国での上映も決まったという話も耳にしますし、何故、そんなに注目を
浴びるのであろうか・・・と、考え続けているわけですが・・・
原作も読んでないのにあまり語るのも村上春樹ファンには申し訳ないですが、
『僕』って、世界共通の『僕』なんじゃないでしょうか?
水沢は世界共通ではないけれど(笑)
世界共通に『僕』というキャンバスに自分なりのストーリーを重ねたり、精神状況や
恋愛経験を同化できたり・・・『18歳の次が19歳、19歳の次がまた18歳だといいな・・・』
『僕』の台詞ではないけれども、皆、一度は感じた事のある感覚・・・そういった許容範囲の
広さが多くの人々を惹きつける魅力なのかも知れないですね。
それに、原作では、各登場人物のサイドストーリーもあったはずなのに、2時間という限られた
枠の中で、【はじめ】と【終わり】を用意する為には、『僕』から見た『僕』というフィルターを通してのみ
のものを創る、って事に集約してしまったトラン監督・・・トラン監督の読み取ったひとつの『ノルェイの森』だった
のでしょうね。
私(トラン監督)は、『僕』という視点で『ノルェイの森』を2時間で感想を映像化するなら・・・こうですよ!
みたいな、ね。
結論・・・やはり原作を読まないと、と言う事ですね(笑)
なんせ村上春樹の《ノルェイの森》ではなくて、トラン監督の感性による断片的な《ノルェイの森》な訳ですから。
村上春樹が自身の作品を映像化する事をヨシとせずにきた意味が分かりますよね。
トラン監督の《ノルェイの森》を観た村上さんの感想を是非とも聞いてみたいものです。

