第1話

大手ゼネコンへの潜入


高校を卒業し警察官になって同期達に比べて成績も優秀で、高校時代から交際していた女性と結婚し、最近、男の子も生まれた。

そして先日、念願の刑事課に配属され、このまま行けば、順風満帆な警察人生を送れるハズだったのに…

今、オレは何故か、青空の下で生コンを練っている…


ここは大手ゼネコンの手掛ける高層ビルの建設現場…

近々行われる大規模な国政選挙において、いわゆる建設族と言われる国会議員が組織票を得るために、末端の現場作業員にまで現金を配っているらしい…

との情報から、その確証を得るために署長命令でオレは今、潜入捜査をしているのである。


今回オレの潜入している建設会社も、マルタイ(標的である国会議員)とズブズブの癒着関係にあり、外部から刑事として聞き込みをしても当然真相にたどり着けるわけがなく、最終的な手段として社員となりその会社に潜入し、選挙違反が行われている実態を捜査、出来れば実際に現金の受け渡しの事実までを確認するのが使命だ。


当然、警察官は公務員なので、副業は出来ない。

よってオレは一時的に警察官を辞職した上でこの会社に入社した。

年齢的にはまだまだ大卒と同じ程度…

怪しまれることはない。

あとは上司から気に入られるように元気よくハツラツ新入社員を演じるだけだ!

そして一度潜入すれば、潜入先にはその素性は絶対に秘匿、当然潜入先で得た情報は家族であっても口外は出来ない。

ましてやウチは子供が生まれたばかり…

不安定な妻に

 警察を辞めて建設会社に就職した

などとは言えず、帰宅しても迂闊なことは話せないのである。


警察官は常識がないとか、世間ではいろいろと言われているが、とんでもない。

警察官は他種多様な業務を経験するうえで様々なスキルを身につけている者が多い。

オレが常日頃から思うことは、市民とのやり取りは接客業だ、しかも究極の…ただ相手が求めているものが違うだけで…


そういうわけで、新人らしく各部署の研修を終え、現在は建築施工管理部で現場作業研修と言う名目で、作業員に混じって生コンの混ぜ方を教えてもらっているのである。


第二話

特別ボーナス!?


現場作業員には付近の飯場などから日雇いで入る低所得層が多く、他に比べて少ない金額で買収出来る『手頃なコマ』なのである。


この現場に入って数週間、わずかな隙も見逃すまいと動きを読みながら、ハツラツ新入くんを装う。

どこの現場にも面倒見が良い人はいるもので、無鉄砲な新人に建築現場でのイロハを教えようとしてくれる日雇いのゴローさん(仮名)は特に構ってきてくれる。

なかなかに人格者で様々な人たちから好かれている。

最も、オレが思うところ、人が良すぎて借金の保障人となって人生を転落した…そんなところだろう…

そして、マルタイからしても、こう言う人物が『最高のカモ』だ。

今後は注意して見ていくべきだろう…


そして選挙の公示日から数日もしないうちに『それ』は起こった。


現場に当時の運輸大臣直属の秘書と名乗る者が視察の名の下に訪れ、湯茶と茶菓子を差し入れしたのだ。

差入品としては相当豪華なモノ…だが、コレは…

その日の仕事終わりの定時報告でそのことを報告すると、

 微妙すぎる。

 もっと確証を…

との指示…

どうしろって言うんだよ…


翌日、現場の半分以上の日雇いが仕事を休んだ…

仕事に来てるのは多額の借金を背負っている者だけ…

 どう言うことだ…コレは…

オレは昼休みを利用して、ゴローさん(仮名)に話しかけた。

決して警察官とわからないように…慎重に…

 ゴローさん、みんなどうしたんだ

 急に半分も休むとか尋常じゃないぞ

その間、ゴローさん(仮名)は一度としてオレと目を合わせようとはしなかった…ただ、ひたすら申し訳なさそうな声で、

 悪いけど、それは言えない

 約束なんだ

 すまないね…オレくん

ゴローさん(仮名)は最後まで口を割ろうとはしなかった…

オレはその足で現場から本社の建築施工管理部に電話をかけた。

あくまで現場作業員の大量休暇についての問い合わせのていで…

本社の回答は鈍い…

捜査経験の浅いオレでもわかる違和感…

 間違いない…買収が行われている

オレがさらにキツい言葉で聞いたところ、今日の作業後に本社に来るように指示された。

オレはその旨を定時報告し、夕方、本社に向かった。

本社に行くと、オレの勤務する施工管理部とは関係のない総務部の会議室に呼ばれた。


あまり本社に来ていないのでわからないが、そこで待っていたのは、入社式の時に見た総務部長…会社の三役の一人だ…

 キミはいつも現場でがんばって

 いるみたいだね。

 報告は受けているよ。

ソイツの穏やかな口調とは別に、目は全く笑ってない…次に何を言い出すんだコイツは…

 キミからの質問には答えられない

 実に高度な政治的な問題なのでね

コイツ…バカ!?

金を配ったって言ってるようなもんじゃないか…

ただ、コレではまだ弱い、もう一つ、何か決定的な証拠を押さえないと…

 と、言うことで

 いつもがんばっているキミに

 特別ボーナスを出そう

内ポケットから出された無骨な茶封筒…相当に厚い…

中を見ると…現金…

ざっと一万円札が100枚…

 コレで

 運輸大臣の秘書からの買収行為を

 知らなかったことにしろ…と?

勝負をかけるように仮定の話をさも知っていたかのように語る…

 話が早くて助かるよ

 作業員の10倍の額だ

 納得してくれるよね

コイツ…ホントにバカだ…

作業員への金額まで判明した

もうこれ以上は必要ないな…

オレはその封筒を叩きつけるように机に置き、無言で部屋を出た。


第三話

事件解決…手に入れたモノ、失ったモノ


本社からの帰り道、背中を突き刺すような視線を感じる…この感情は殺意とか悪意と言われる類いのモノだ…

 ヤバいな…

 あの金を突き返したのはマズかった

 買収出来なければ、当然『処分』

 だよなぁ

とにかく追跡を撒かないと…

小走りに路地を駆け抜けたところで、後ろから追ってくる足音が複数になり、痛いほどの悪意を背中に感じる…

 コレはヤバい、どうする?

とりあえず相手の数を確認して、反撃するかはそこからだ…

もう一つ路地を曲がったところでビルの影からスーツ姿の大男が立ちふさがる。

先回りされてた?

直後に後ろからチンピラ風の男が二人、手には木刀…いや日本刀か?

 挟まれた?やるか?やれるのか?

咄嗟に武器を探すが…

その瞬間、スーツの大男がオレの肩を掴んでビルの影に押し込む。

 ご苦労だったなぁ、オレくん

 あとは任せておけ

そう言うが早いか、懐から特殊警棒を取り出し、男たちの持っている木刀を一息2打撃に打ちおとし、一連の動作で男達とは逆方向に蹴り飛ばす。

得物を失った男の1人は戸惑うことなく、大男に蹴りを放とうとするが、踏み込んだ瞬間、その足の膝に真上から蹴り下ろしを見舞う。

その瞬間、男の膝はイヤな音を立ててあらぬ方向へ折り曲がる。

直後もう1人の男は懐から小刀を取り出し、膝を抱えて倒れ込む男の後ろから飛び出すように大男に飛びかかる。

 へっ、そうくると思ったぜ

大男は小刀を持った手首を押さえ、そのまま一歩踏み込む…

その瞬間、手首がねじれ、小刀を相手から取り上げると共に、さらに踏み込み、そのまま地面に倒し、後ろ手に制圧する。

 アナタは一体…

オレの質問に大男はその顔に似合わない笑顔で答える…

 第一機動隊刑事部付き特殊小隊で

 小隊長やってるモンだ

 みんなは館長って呼んでるよ

潜入させたまま放置されていたわけではなかったとわかった瞬間に気が抜けて、その場に座り込む。


その後、企業と現役運輸大臣、そして裏社会とのつながりが明るみに出て、一連の公職選挙法事件は終結した。


オレは再び、警察官として復職することが出来たが、あまりに家庭を顧みなかったことから、子供の心にキズが出来てしまった。

全く笑わなくなってしまったのだ。

そして妻との間にも目に見えない亀裂が入ったような気がする。


第四話

終焉を迎えた家庭…


浅間山荘事件以降、過激派と呼ばれるもの達がアピールの場を無くし、縮小が囁かれる中、農家の土地を強引に買い取り、そこに国際空港が建設され、行き場を無くした過激派たちが最後のアピールの場として大挙して押し寄せ、反対運動を行う中、オレのもとに再び、潜入捜査の依頼が来た。

 過激派組織に潜入

 組織の犯罪性の立証

 犯罪行為の妨害

 活動家の個別の弱体化

やることは山ほどある。

ただ、今度の潜入は過激派組織だ。

当然命懸けとなり、身分がバレれば家族の身も危うくなる。

それは何が何でも避けなければならない…

オレは意を決して、妻と離婚した。

妻はもともと精神的に弱く、一切の表情を無くした長男を引き取ることを拒んだ。

今、長男はオレの祖母が見てくれている。

コレで懸念材料はなくなった。

家庭を壊してまで行う正義にどのような意味が…

いや、それは考えるまい。

今はただ任務のことだけを考えろ。

この国の将来のために…



あとがき

先般、亡くなったオヤジ殿の遺品を整理した際に、オヤジ殿の手記を見つけました。

その内容はここでは書けないようなモノばかりで、家に寄り付かなかったのはそのせいか〜…とかいろいろわかりました。

今回は、オヤジの仕事を知っていた館長や当時の知り合いの方からいろいろ聞いて、そこにワタシ流のアレンジで物語として載せることにしました。 

完全な

 陰キャくんスピンオフ

です。

つまらない内容ですが暇つぶしにどうぞ!!