先日、母の介護保険の更新で認定調査員の方と母が日頃お世話になっている施設の方とお会いする機会がありました♡

 

 


春になって散歩が気持ちいい♡

 

 

 

その時、思い出したことがあった。

 

今回もそうなんだけど、母は認知症の診断を受けているので度々「検査」を受ける場面がある。

 

 

 

 

 

検査には例えば「お名前はなんですか?」「生年月日はいつですか?」「今の季節はいつですか?」など、いくつかの質問に母が受け答えするものがある。

 

 

 

 

 

母が認知症になってまもない頃。病院でそんな検査に付き添っている時、耐え難い気持ちになったことがあった。

 

答えられないことが、どんどん証明されていく。

 

それは一体どんな気持ち?絶望しちゃわない?お母さん大丈夫?

 

 

 

 

 

母が辛そうに見えた。

 

そう、母が辛かったのではなく・・・私の目には、母が辛そうに見えたのです👁

 

辛そうで辛そうで、答えられない質問を重ねがさねされている母が虐められている人にすら見えてきた。(誤解無きように書きますが、看護婦さんは本当にものすごく親切で優しかったです!!そしてこれは現状を把握して母のこれからに役立てるための検査である。)

 

 

 

 

 

ノートを書いているとね、それが一体誰の気持ちなのかがちゃんと見分けられるんです!!

 

頭の中だけではきっと「あぁ、お母さん辛いのね・・・」と、私の感情が母の感情とすり替わったままになってしまう。

 

 

 

 

 

でもお母さんを見て「辛そう‼️」「虐めみたい」と思ったのは、あくまで私自身なんだ。

 

 

 

 

 

それは答えられなくて可哀想だと思ったからなんだけど、そう思ったのは・・・

 

出来ない=惨め

 

出来る=上、良いこと

出来ない=下、悪いこと

 

そんな設定を握りしめていたからでした。

 

 

 

 

 

 

特に出来たことが出来なった時の“出来ない”に対して、惨めだと思い込んでいた。老人とか病人が出来ないことが増えていく・・・そんな時の「出来ない」のイメージです。

 

 

 

 

 

それにしても「出来ない」はなんですけどね♡

 

この世界にないは存在しないから。出来るしかないのだ!!!

 

 

 

 

 

これは真理として知っているので、思い出すと安心のゼロ地点(本当の私)に戻ってくることが出来る。無限に広がる幻の“無い”に捉われていたんだな!!と気づくことが出来る。

 

 



 

 

 

それに加えてこんな発見がありました♡

 

「出来る」と「出来ない」は、物質界の「陰」と「陽」と一緒。

 

この世界(物質界、地球)には陰陽がある。それは光のないところに陰は存在しないし、逆も然りだということ。

 

 

 

 

 

出来る・出来ないもまた同じで、

 

何かが「出来る」時には必ず「出来ない」も同時発生するんだな♡

 

 

 

 

 

例えば感じることと考えることは同時に出来ない。

 

これだって感じることが出来る時、考えることが出来ないということ。

 

右足を上げながら左足を上げることは出来ないし、動きながら止まるこは出来ない。

 

 

 

 

 

人の在り方も同じ。

 

二極で在りながら対等で在ることは出来ないもんね。

 

例えば「結婚した」という経験をしながら、「独身」という経験は出来ない。

 

結婚出来ない!と思っている人は、それは独身が出来ているということを忘れてはならない。

 

 

 

 

 

事実、母が認知症になってからのこの数年のお陰でとっても自由に私を生きることが出来るようになった。

 

これは母親が認知症になって良かったとか悪かったとかのジャッジではなくて、そういうの全部ひっくるめて

 

善いという感覚。この世界は本当〜〜に絶対善だ♡

 

 

 

 

その感覚も相まって、今私の中にあるのは純粋に母は認知症という経験が出来ているということへの敬意♡なんだよね。

 

 

 

 

 

母が出来ないことが増えたとき、同時に出来ることが増えている。

 

母の人生に認知症がなかった時、今の経験は出来なかった。

母の人生に認知症がある時、与えられている愛も経験も・・・あらゆるものを私は見てきた。

 

 

 

 

 

この経験のお陰で出会った人が沢山いる。愛してくれた人が沢山いる。母の愛する🤣父もその一人で、母が病を得てから戻って来てくれて二人はいつも一緒にいる。

 

 

 

 

 

母と認定調査員さんとのやり取りの中で、言葉途切れ途切れに一生懸命母が言葉にしたことが心にとても残りました。それは、通っている施設に対する感謝。

 

「私は、ずっと一人で暮らしていたから。こうやって毎日来れる場所があって、本当にありがたいんです。」

 

母はもう、わざわざおべっかを言ったりはしない。大切な「言葉」は伝えたいことに対して一文字人文字真剣に、あてがうように話す。だから、とっても伝わったんだよね♡本当にそう思っているんだってことが。

 

 

 

 

 

やっぱり、母には母の経験がある。それを真っ直ぐに見ることが出来るようになって本当ーーーーーーーに良かったと思う!!!

 

それが一番の私の責任♡

親孝行♡

人類孝行♡

 

親孝行って、親に何かしてあげることじゃない。そして「親だから、子だから」で何かしてあげるべきだとも思わない。

 

ただ結果的に真っ直ぐ私で在ることは、必ず親孝行にもなります!!

 

親のことを「可哀想」と見る限り、その人には可哀想という配役が与えられ続ける。それは本当の望みではないよね?

 

 

 

 

 

私は母を「可哀想」にしておくのは辞めた。

 

在り方が変わったら、検査だって安心して見ていられる♡検査はいつだって母に向けられた愛なのだ!!

 

 

 

 

 

 

そして母が検査の帰りぎわ、ニコニコ笑顔を見せてくれた😍この前なんて、留守番はもう難しいだろうな・・・と思っていたところ、父の外出中一人でちゃんとお留守を守っていた母!出来ることもまだまだいっぱい!!

 

ちゃんと現実も創造されます♡それがこの世界のチョロい仕組み😂❣️笑

 

 

 

 

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