
財務省の官僚が増税は勝ち、減税は負けなんて慣習が本当に存在するなら・・・
6月18日
今回の投稿は敢えて仮定の話として書きたいと思います。
「財務省の官僚が増税は勝ち、減税は負け」という慣習が存在するという前提に立つと、確かに「まともな業務をしていない」という批判は成り立ちえます。
なぜなら、財務省の本来の任務は、健全な財政運営を通じて、国民生活の安定と経済の持続的発展に寄与することだからです。
その観点から「増税=勝ち、減税=負け」という慣習が存在すると仮定した場合、以下のような問題点と批判が考えられます。
1. 本来の任務からの逸脱
・財政健全化の目的の歪曲
財政健全化は、将来世代に過度な負担を残さないために、政府の支出と収入のバランスを取ることを目指すものです。
しかし、「増税=勝ち」という目的自体が自己目的化してしまうと、国民経済への影響や、減税による経済活性化の可能性を考慮せず、ひたすら税収増を追求する傾向が生まれる可能性があります。
・経済成長への配慮の欠如
経済成長は税収増にもつながる重要な要素です。減税が企業の投資意欲や個人の消費を刺激し、結果的に税収増に貢献する可能性も十分にあります。しかし、「減税=負け」という認識があると、そうした経済の活性化策としての減税の選択肢が排除されやすくなります。
・国民生活への影響の軽視
増税は、国民の可処分所得を減らし、消費を冷え込ませる可能性があります。また、企業活動にも影響を与えます。国民生活や企業活動への負の影響を十分に考慮せず、単に税収を増やすことだけを「勝ち」と捉えるならば、国民の利益を最優先するという官僚の職務に反すると言えます。
2.思考停止と硬直化
・多様な政策選択肢の排除
財政運営には、歳出削減、税制改革(増税・減税・課税ベース拡大)、経済成長促進など、多様な選択肢があります。しかし、「増税=勝ち、減税=負け」という二元論に囚われると、他の有効な選択肢が検討されなくなり、思考が硬直化する可能性があります。
3. 政治との健全な関係の阻害
・政治家との対立構造
政治家が国民の意向を受けて減税を検討しようとした際、「負け」という認識の官僚が抵抗するならば、本来あるべき政策議論が阻害され、政治と官僚の健全な協力関係が築けなくなります。
・情報提供の偏り
官僚は政策立案に不可欠な情報やデータを提供します。しかし、「増税=勝ち」というバイアスがあると、増税のメリットを強調し、減税のデメリットを過度に強調するなど、情報提供
もし「増税は勝ち、減税は負け」という慣習が本当に財務省内に存在するならば、それは国民全体の利益よりも、省益や旧来の慣習を優先していると批判されてもやむを得ないでしょう。
財務省の官僚は、マクロ経済全体の動向、国民生活への影響、そして何よりも将来にわたる財政の持続可能性を多角的に分析し、増税、減税、歳出削減など、あらゆる政策手段をフラットな視点で検討し、政治家に対して最も効果的と思われる選択肢を提言することが、その本来の「まともな業務」であると言えます。
もちろん、財務省は日本の財政の番人として、放漫な財政運営に歯止めをかける重要な役割を担っています。
しかし、その役割が「とにかく税収を増やす」という短絡的な目標にすり替わってしまうと、それは「まともな業務」から逸脱していると評価される可能性が高いでしょう。この点は、政治家側からの牽制や、国民からの監視も重要な意味を持ちます。
今回は敢えて感情を入れないで書きましたが、30数年も日本を経済成長しない国にして、国民負担率も上がり、コロナで国民の多くが困窮しているのに消費税の減税の議論まで最近まで全くなかった政治を見ると、かなりの感情を抑えることは正直なところ難しいですね。
質問などはお気軽にお問い合わせください。
ご連絡 ご相談

