数字達成原理主義
10月10日
銀行の社会的な立場を考え、また顧客のことを思って無理な営業を控える行員と、
無理は承知で、何が何でも営業数字を作る行員と、
どちらが昇進するかと言えば、
少なくとも、私の知る限りでは、間違いなく後者です。
銀行など金融機関の場合、収益を上げる方法は、
シンプルに言えば、調達した資金の運用益と手数料収入になります。
資金の運用の大部分は融資で、国債の運用もこの中に入ります。
そして手数料収入と言うのは、
たとえば金融商品を販売したり、保険商品を販売したりしたときの手数料のことを指します。
どちらにしても人のお金に関する商品やサービスを販売していますので、
本当に顧客のためになっているかどうかを判断して販売しないと、
時と場合によっては、販売したことが逆効果になることが往々にしてあります。
また、お金を扱うことから、どうしても顧客に対して優先的な立場になりがちで、
営業数字を突き詰め過ぎると、顧客のニーズのない商品やサービスを無理やり売ってしまうことにもなります。
銀行など金融機関が人事考課をする場合、
非常に難しいのは分かるのですが、
過剰与信をしたり、優先的地位を利用した押し付け販売で、数字が上がっていないかどうか、
その数字の背景を、本当に顧客のためになっているのかどうかをチェックするようなシステムであれば良いのですが、
現実はこんなことを考えていては、物理的に無理なノルマを与え、
ただその達成度のみで人事考課をするため、
常識では考えにくい非常識な営業活動をしてでも、ノルマを達成しようとしてしまい、
本来の社会のため、顧客のためのサービスとは程遠いことをしてしまうことがあります。
この程度がもっとも強烈なのがSMBCで、
現在役員以上の人は、誰もが手段を選ばず超人的な数字を上げた人ばかりの集団だと思わざるを得ません。
銀行が数字を上げなければ、強い金融機関にはなれず、
社会の血液としての役割を果たせないことは理解できますが、
何をやっても、ただ数字を上げれば言いということではないはずです。
まして、ほとんどの銀行には公的資金という税金が投入され、
ゼロ金利と言う政策で国民の擁護を受けたはずで、
社会的な責任や貢献は不可避なはずです。
ところが銀行など金融機関は、
たとえば、キャッシュカードの不正使用があったとき、
最初の頃の対応は、顧客の自己責任一辺倒で、責任を押し付けなかったか。
また復活できる可能性のある顧客の復活よりも、債権の保全を優先したことはないのか。
(扱った案件で何件も私は体験しています。)
融資をする代わりに、顧客が必要としない商品を販売したり、預金を強制しなかったか。
(これは有名なSMBCお得意のパターンです。)
風評リスクを第一に、顧客にとって高コスト負担になる迂回融資をしたことはないか。
(ノウハウがなかったと言い訳しますが、商工ローンや消費者金融は最たる例です。)
こんなことを上げればきりがないぐらい、
顧客よりも自分の都合のみで活動するのが日本の金融機関と言うと言いすぎでしょうか。
中には銀行の行員の中にも、
見識豊かな人がいるのは確かですが、
ところが、この人が金融機関内の常識では、「甘い人」とか「できない人」と判断されるところに大きな問題点があると思います。
組織のあり方ややり方に疑問を持つ人はバッシングされ、
疑問を持たないで、ただひたすら数字を上げる人が称えられる組織。
他の業界でもよくあることと言う人もいるでしょうが、
この程度があまりにも極端なのがこの業界で、
このような体質が世界と競争できる金融機関の出現を妨げていると私は確信します。
私のような仕事をしていると、なぜこんなことをするのか、考えるのかといった不思議なことが多いのも、
金融機関の特徴で、明日は、このような実例をいくつか書いてみたいと思います。
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