赤色で囲った部分が、埋立地と思います。

あくまで仮説で、かなり大雑把な範囲です。

 

根拠としては以下のような内容です。

神社建立の年代と、建立理由を根拠にしました。

 

地図上の1・・・野田恵比寿神社 創建1113年 1113年に埋め立て技術はなかったと思います。大昔から普通の陸地に存在していたと言うことになります。

地図上の2・・西九条神社 始まりは1680年ごろ。大阪市HPによると、新田開発にあわせて祀られた。新田開発(干拓)と言うことは、もともと砂地もしくは海だったことを示します。

地図上の3・・・茨住吉神社 始まりは1624年ごろ。こちらも、新田開発にあわせて祀られたみたいです。 

 

主に、川に沿って境界線を引いています。

以下は、川に沿って境界線を引いた理由です。

建立が1600年ごろの神社と(埋立地側)、建立が1100年ごろのお寺(陸地側)との、中間地点ぐらいに川があったため。

川の流れにカーブが少なく、人工的造成が考えられるから。

 

もっとたくさん調査をすれば、さらに正確になると思います。

 

茨住吉神社のHPで、興味深いことが書かれています。

「淀川や大和側の河口付近に形成された砂州は、大小の島々となって難波八十島と呼ばれていましたが、わが九条島もその中の一つでありました。」

「それらの島々は自然と人為が作用し合って次第に陸地化し、江戸時代になるとその周辺部は急速に新田の開発が進められるようになりました。」

 

まとまると、

大阪湾周辺は、砂地が多かった。

江戸幕府が砂地を整備した。

整備した内容は、干拓。

埋め立てとは異なる。

後世、干拓した場所がベースとなり、埋立地になっていった。

改めて考えると、江戸幕府や、当時の人々が残してくれたインフラを、ありがたく使わせてもらってるんだと感じます。先人に感謝です。

目先の利益だけでなく、後世のことを考えてくれてたんだと思います。

岸田総理にも教えてあげたいです。

 

埋立地なので、地盤強度が気になります。

干拓がベースになっているところは、問題ないのと思います。

阪神大震災でも、特に崩れたとか聞きませんでした。

道路が波打ったりとかも、聞かないし見たことがないです。

 

同じ埋立地でも、夢洲、舞洲、咲洲の地盤強度は低い気がします。

陸地でつながっておらず、孤島なので、面で支える力が弱い。

(例えば、干拓由来の埋立地の場合、たとえると、波の動きが強い場所に人間が立つとき、岩にもたれて立てば安定します。孤島型の埋立地の場合、たとえると、波の動きが強い場所に人間が立って、寄りかかるものがなければ不安定になります。)

 

夢洲で万博終了後、ホテルを誘致するらしいです。

建物に対するリスクが高いので、応募があるのか疑問です。

注視していきたいです。