信念は自分自身のありかたであり、結果を求めるものではない。
言葉はそれを伝えるための術であって、そのものではない。
情熱や想いまでを伝えきれはしない。
ときに、言葉は妙な理屈へと姿を変え、一人歩きしてしまうことがある。
だからこそ自ら問う。
そこに信念があるのかと。
昨晩、鳥取出身のデザイン会社の社長と食事に行きました。
「デザイン」「アート」について、いろいろご教示いただきました。
日本人の美感の原点、
産業の成長と同じく革命的なものではなく、
脈々と受け継がれた時の流れの中にこそある。
・・・と。
不自然であってはならない。
彼が目指すところは、
こういった考えのもと、ブランドをオープンにして、
様々なアーティストに参加を促す。
こうすることによって、
ブランドは自発的に成長していく。
その上で、日本の美感の素晴らしさを伝承していくこと。
この素晴らしい「想い」を持った人に出会えたことを、
とても嬉しく思います。
「どうなりたいか」はビジネスライクに語り、
「どうありたいか」を熱っぽく語る。
そんな人達との出会いを、
僕は求めているのだと思います。
沢山の出会いの中の、
沢山の仲間達。
沢山の先輩方。
沢山の後輩達。
沢山のお客様。
沢山のパートナー。
僕の存在は、
そんな中にあってこそ、
本当の意味を持つことができるのです。
最近、肩甲骨の内側の痛みがひどい状態だ。
以前は、週の終わりくらいになると決まって痛み出し、近くのマッサージやに駆け込んでいたのだが、昨年秋くらいからその周期がグンッと短くなり、油断すると連日通うこともしばしば。
どうにも我慢できず、先日知り合いの整形外科医に見てもらったのだが、骨には異常はなかった。
三種類の薬と合わせてこんなものまで渡されてしまった。
「とにかく、首に負担をかけないこと」だそうだ。
7年間、小さなパソコンの画面にしがみついていた結果だ。
先日旧友に会ったときにこんなことを言われた。
「ゆっくりしたいって思わないのか?」
いやいや、まだまだこれから。
・・・そういい続けてだいぶ経つような気もするけど。
とにかくはやく治して、
突っ走るにしても、気持ちよく突っ走りたいものです。
苦労するにしても、気持ちよく苦労したいものです。