自分と上手く付き合えますように。 -3ページ目

自分と上手く付き合えますように。

月並みなことばかりになるかもしれませんが、
私自身の体験を通して
子育て・教育・親力などに関する記事を
書いていきたいと考えています。
発達障害関連も時々入ると思います。

人に何かを説明するのに
いちいち視覚化するのはめんどくさい!
…と思う人は多いですよね。

それでも、
発達障害の傾向を持つ人たちには
【視覚化は必須と言えるくらい】
欠かしてはいけないものです。
すでに多くの人が分かっている事ですが
おさらいとして確認をお願いします。
**********************
例えば、デリバリーの仕事を任されたとします。
右の店舗から左の常連顧客にフードを届けるとき、
”どのルートで行くかはそれぞれ違います”
ちょっと発達に偏りがあるバイクのAさんは
あらかじめ自分で決めた道を使い
そのルートで行っています。

そしてある日、別ルートを使う自転車のBさんが
Aさんに教えてくれました。
「Aさんのルートは、
 工事中だったので通れませんよ。
 今日は〇〇ルートがいいですよ。」

実はBさんが使っているルートが早く、
親切でAさんに伝えてあげたのですが
【もしこの図を見ないで
      口頭だけで伝えたとしたら】

Aさんに正しく伝わったでしょうか?
(画像は以前使用したものですが
      これでもお分かりかと思います)


**********************
このやり取りに関しては
私たちは大体”言葉だけを使って”
意思疎通を図っているわけですが
想像力の弱い当事者には
【言葉からイメージを
    膨らませることが苦手なので】

口頭で伝えることによって
”双方のイメージにズレが生じてしまい”
上手く伝わらないことが多いのです。

映像が映らないのではなくて
映っている映像が
【上の地図の、別ルートを見ている】
考えると良いかと思います。
【地図全体が分かったうえで話すのと、
      部分的に分かって話すのでは】

イメージに差が出ると思います。
*****まとめ*****
想像力の弱さについてですが、
当事者が自分の目で見てきたものは
イメージとして定着します。
ですが、
【当事者が自分の目で
      見ていないものは】

なかなか想像することができません。

そのため、
通る道の変更を口頭でお願いしても
当事者の考えているイメージは
いつもの道のままなのです。

「視覚化がめんどくさい」から
口頭で済ませたい人は多いです。
ですがそれによって目的地にたどり着けなければ
・人のせいで遅れたと逆切れする
・仕事自体を放棄してしまう
・迷惑をかけるより自分の苦労を訴える

といったことにつながりますし、
顧客からの信用はなくなってしまい
店としての評価も悪化するでしょう。

このように考えてみますと
確かに視覚化するのは面倒かもしれませんが
【後々の損失よりも、今のひと手間】
こちらを選択したほうがよさそうに思いませんか?
「紙に書く」ことは、
大人子どもとか、特性の有無に関してなど
実は誰にも関係なく有効な方法だと言えます。
事実、私たちは覚えきれないことは紙に書くし
何度もやりとりしながらイメージを膨らませています。
それを「最初のひと手間」で省略できるなら
それほど楽なことはないと思いませんか?
参考になれば幸いです。

※この記事は、主観が含まれます。
 全員に当てはまるものでもありません。
 複数の視点で読めるように心がけていますから
 一つの回答に絞られないこともあります。
 生き方のマニュアルとしてではなく
 あなたが生きるうえでの参考になれば幸いです。

私は日頃から
人との距離感を保つことや
他人の領域に踏み込まないことに関して
色んな例を用いながら説明しています。
人間関係に悩む人たちにとって様々な説明が
自身の日常をイメージしやすくなるように
何パターンも思いつくたびに記事にしています。

今回は、
”なぜお節介が迷惑なことになるのか?”
これについて考えてみたいと思います。
お節介ということは、相手にとって迷惑なことで
その反対の、
相手にとってありがたいことは「親切」ですね。
それを見極められないと、ただの迷惑な人となり
人間関係はどんどん悪化していきます。
自分では善かれと思ってやっていても、
相手にはそう取ってもらえない。
それがどういうことかを「杖」で表現しますと、
とてもシンプルで分かりやすかと思いました。
杖は、歩行困難な人や目の不自由な人たちには
欠かせないマストアイテムになりますが
【自立歩行できる人にとっては
     邪魔以外の何物でもなく】

お節介というのは、
”健常者に対して
   不要な杖を渡すようなものなのです”


ここでお節介な人の言い分を想定します。
「困っていそうな顔をしていたから…」
「その状況は傍から見たらかわいそうでしょ」
「してあげたほうが、助かるじゃない?」
この考え方こそが、
”人との距離感や
    各々の課題の区別が
          できない証なのです”


*****まとめ*****
私たちには「意思表示」という機能があります。
気絶している人や、意識不明の重体の人には
その意思表示をすることができませんが
一般的に、仕事中でも家庭内でも意識があれば
だれにでもできることですし、しても良いことです。
もし、言葉を発することができるのに
意思表示できないと訴える人がいるのならそれは、
【意思表示をしない

         選択をしている人です】
(例えばそれによって身の危険があるなどの場合)

そして、お節介をやかれるときに
流れに身を任せている人たちは、
「迷惑だと思いながらも、
    事を荒立てないために
       断らない選択をしているだけです。」
だからお節介な人は気づくことができません。
健康で自立歩行できる人に
【杖を貸したら、

             それはただの荷物です】
まるでじゃんけんに負けて
ランドセルを全部持たされた、
昭和の小学生のように(笑)
重たい物ばかり持てないなら断りましょう(;'∀')

世話焼きタイプもしっかり自覚してください。
■それが本当に必要なことなのか
■必要なのは今のタイミングなのか
■かえって足を引っ張る結果にならないか

分からないなら、直接聞いてみれば良いことですし
そもそも手を出す口を出すタイミングというのは
【相手に助けを

   求められてからでも

                         遅くありません】
もしその人が、本当は杖を必要としているのに
求めてこないのだとしたら、少し見方を変えます。
【杖なしで、

        一人で立ってみたい

       人もいるのです】
それをグッとこらえて見守るのだって
世話焼きの役割として成立するのではないでしょうか。
”「見守る」って

         すっごくスキルが高くないと
         できないと思いますよ”


ただし、明らかに杖なしでは怪我をする、
命の危険などが想定される場合には
そういうことをきちんと伝えて、補助してあげてください。
【決して自分が

      安心したいからという目的で】
人助けはしないでくださいね。

※この記事は、主観が含まれます。
 全員に当てはまるものでもありません。
 複数の視点で読めるように心がけていますから
 一つの回答に絞られないこともあります。
 生き方のマニュアルとしてではなく
 あなたが生きるうえでの参考になれば幸いです。

発達障害関連の相談での”あるある”です。
この訴えは、【圧倒的に女性に多く】
男性からの相談ではあまり聞いたことがありません。
その理由はまだ私には分かりません……。

さて、本題に入りまして。
結婚生活や同棲生活を送る中で
少しずつパートナーの性質が見えてくるものですね。
「あれ?なんだかおかしいな…」から始まり
徐々にズレを感じてきてネットや本で調べて。
「これ、発達障害なんじゃないの!?」というわけで
私のところに相談が舞い込んでくるわけです。

私は医者ではありませんから診断は行わず
”あくまでもその仮説に基づいて
         お話をしているのですが”

相談時には「どうしたらいいですか?」という
具体的なアドバイスを求められることもありますし、
「どう受け止めたらいいのですか?」という
心の在り方についても質問されます。

必要に応じて私は色々とご説明差し上げますが
残念なことに
【相談者の望むような答えを
      返すことができません】

例えば、あなたは変わらなくていいのですよ。
そのまま、ありのままのあなたでいいのですよ。
そんなレベルの話ができないということです。
発達障害関連の相談については
【今何が起こっていて、
    どういうメカニズムなのか?】

このような具体的な解説が不可欠なのです。
そうでなければ現状何が起きているか
誰にも把握できないですよね。
その部分を私が担当しているのです。
ですから、情報を聞きながら相談者の人は
「どうして私が合わせなくちゃいけないのですか?」と
時に感情的に訴えられることもあります。

もちろん、この時点で私は相談者に
「あなたが合わせてください」「あなたが変わってください」
といったことは伝えていません。
「これはこういうことで、このように考えます」といった
まだ説明の段階にも関わらず
聞いていて辛くなった相談者の感情が出た話です。
確かに毎日の生活の中での過ごしにくさや
理不尽なコミュニケーションを繰り返していて
ヘトヘトに疲れ切っていることと思います。
ですから、いつでもどんな時でも
”気持ちに寄り添うことは必須です”
そして、結論から言えば、
相談者が当事者に合わせる必要はないのです。

*****まとめ*****
発達障害者支援(グレーの話ですが)について
私はそれを説明することは出来ますが
【実際にサポートするかどうかは
     自分で決めれば良いことです】

ただ、私と話している時点では、
指示するとかされるとかの話ではなく
”その情報を知る”ということについては
きちんと続けていく必要があると思っています。
人は、分からないと、知らないと
不安だし怖いし判断を間違えます。
だからせめて情報提供だけは行いたいです。

さらにパートナーは言うでしょう。
「向こうが悪いのだから、自分で改善すべきだ!」
これも分かります。さんざん心無い言葉で傷つけられ
自分勝手に振舞われ気持ちを汲み取ってもらえない。
なのになぜこれ以上、こちらが譲歩するのか?
そんな気持ちになってしまうことと思います。

こういったケースで何が考えられるかというと
【概念として理解はできたけれど、
    実態が伴っていない状況です】

手足がないなど、目に見える障害であれば
致し方なくサポートできるのかもしれませんが、
【脳機能の障害は目に見えないですし】
ましてやグレーゾーンの人はぱっと見普通です。
一流大学を卒業してエリートコースという人も
少なくありませんよね。
「それは個性だ」と思えばそうでしょうし、
”変わる必要がなければ変わらなければいい”
そういう考え方もありますよね。

そうするとですね……
【この相談の目的は何ですか?】から
改めて始める必要があるでしょうね。
ただ愚痴をこぼしたいだけ、聴いてほしいだけ、
それならクライエント中心療法に切り替えるし
関係を変化させたいなら認知行動療法以外にも
私の使える技法を惜しみなく提供します。

この「機能の問題」は発達特性に限らず
パーソナリティ障害や精神疾患など
全般的に向き合う必要があることですよね。
なかなか難しいテーマだなと思うのですが
私は犯罪心理を学びながら得てきたことも
これに共通するなと思いましたので
そのうち書いてみたいと思います。

※この記事は、主観が含まれます。
 全員に当てはまるものでもありません。
 複数の視点で読めるように心がけていますから
 一つの回答に絞られないこともあります。
 生き方のマニュアルとしてではなく
 あなたが生きるうえでの参考になれば幸いです。

今回は、人の気持ちが分からないとか
相手の立場に立って考えられない人に
”どう説明したら伝わるのかについて”
一緒に考えてみてほしいです。
「人の気持ちが分からない」というと、
すぐに”アスペルガー傾向の人たちを”
思い浮かべるとは思うのですが
実際はもっと広範囲にわたる対象になります。
つまり、定型発達の人も含まれているのです。

ここには「私」も含まれています。
これはどういうことかというと、私たちは
【経験した範疇のことしか

                   想像できません】
だから、経験していないことは
勝手な思い込みなどで作り上げみたり
まったく思い浮かばずに過ぎ去ったりします。
(経験には見聞きすることも含まれます)

具体的に説明しますと、たとえば
カウンセリングを受けたことのない人が
ネットや知人から情報を得たレベルでは
想像が膨らまないと思うのです。
【簿記の試験と

          実務経験が全然違うように】
その経験の範囲内でしか人は考えられません。
だから、大変言いにくいのですが
【定型発達の人でも
   人の気持ちが想像できていないのに】
【分かったふりをしているだけでは】

より一層自分を成長させることは出来ません。
そこで今回のテーマとなりました。

*****ポイント*****
タイトルのように「教える」というと
ちょっと上から目線なので言い換えます^^;
”例えば自分の体験を
    よりリアルに相手に伝えたいなら…”

みたいな言い方でどうでしょうか?

その自分の体験を言語化するのって
思っている以上に難しいことですよね。
だからまず、相手にイメージしてもらうためには
【相手の経験の範疇で
    話題を広げていくことが大切です】

具体的にどういうことかというと、
経験したことのないものを言語化しても
”想像力には違いがありますから”
こちらの思うようには伝わりません。

だから逆の考え方にして
【相手が想像できる範囲で
      説明してみるのです】

たとえば、事務職の人とダンス講師では
仕事の内容がぜんぜん異なりますね。
もし私が会計事務所勤務で
決算業務の忙しさを伝えたいとします。
でも未経験のダンス講師には
それがどのくらいのものなのかなどは
想像の範囲を超えては理解できません。
そこで、こちらのイメージを提案します。
『一度に生徒さんが20人増えて、
   事務手続きやらダンス指導やらで
                てんてこまいしている感じ』

もちろん大変さは全然違いますから
実際には異なる例えになりますし
【こだわり気質の人に関しては】
「私の仕事を分かったように言うな!」と
怒りだす可能性もあるかもしれませんので
”その人の禁忌でない範疇で”
【相手の経験したことを使って】
説明してみる、ということです。

このようにして少しでも理解が深まると
【お互いの信頼関係も深まるので】
効果があると思います。
ぜひ使ってみてくださいね。

※この記事は、主観が含まれます。
 全員に当てはまるものでもありません。
 複数の視点で読めるように心がけていますから
 一つの回答に絞られないこともあります。
 生き方のマニュアルとしてではなく
 あなたが生きるうえでの参考になれば幸いです。

前回の「子どものペット化」に関連して
小さな子どもに何が大切なのか?
これもお伝えする必要があるかと思うので
ある意味シリーズ第3弾みたいになってます(;^ω^)
子どものペット化に関しての対象年齢を
あまり絞らずに書いてしまったものですから
今回は新生児~保育園くらいの年齢で
私も振り返ってみたいと思います。
既にご存じの方は、おさらい的にお願いします。

あなたもちょっと外に出て周りを見渡せば
そういう人たちを見かける確率が高いかと思うのですが
そのくらい、「親のスタンダード」が
昔と比較して変化してきているのでしょう。。。
保育園くらいの子育て中の親御さんを見ると
【スマホに夢中な
       母親を見かけます】

(父親遭遇率が、私はわりと低いです)
近所にイオンがあるからでしょうかね。
子どもは走り回り、カートを暴走させ、
楽しそうにギャーギャーはしゃいでいます。

遭遇率が高いとはいえ、
常にそうしているわけではないでしょうが、
やはり
”ちょっとした油断で
     子どもを危険にさらすことがあり”

その危険回避に私が協力していることなど
そのような親御さんは知りもしないのです。
そして「私は子育てを立派にやっている」と
その方々は自信を持たれているとおもうし
歩道も殿様のように
堂々とママチャリ暴走されています。
(全員ではありませんよ。念のため)
スーパーでも電車でもどこでも……
【実は周りの大人たちがさりげなく、
     その親子をエスコートしているのに】

親子は当然の顔をして過ごしています。

別に感謝を求めているわけではありません。
でも万が一、子どもがケガをしたりしたら
その親はどれほど騒ぎ立てるでしょうか。
一体誰や何のせいにするのでしょうか。
子どもはどのくらいの傷を負うのでしょうか。
エスコートできる大人たちは
【その親以上に、

    怖さを知っているから】
感謝されなくても、不審者に思われても
まったく無関係な他人の子育てを
無償で手伝ってあげているのです。
とっても押し付けがましい言い方ですが
このくらい言わないと
本当に分からない人が増えています。
ものすごい悪態をつく親もかなり増えました。
とても残念に思っています。

ここまで辛口な言い回しをするのには
それなりに訳があります。
そもそも、親のその行為自体が
今回のテーマ通り「大切な事」の一つに
反している行動だからです。

一応ちょっとだけ法律に触れます。
+++++++++++++++
児童福祉法(昭和22年法律第164号)
第1条 すべて国民は、
児童が心身ともに健やかに生まれ、
且つ、育成されるよう努めなければならない。
2 すべて児童は、
ひとしくその生活を保障され、
愛護されなければならない。
+++++++++++++++
・親が一人で抱える必要はない
・でも最低限、義務は果たしましょう
・周りもその親子を支えてあげましょう

私はこのように解釈しています。
ですが、上記の人たちは義務を怠り
トラブルが発生すると他責になってしまうという
懸念がある人たちです。

*****まとめ*****
その子どもによって性格は違いますし
何を求めるかも違うと思いますが
少なくとも「幼少期までは共通して」
気を付けておいてほしいことがあります。
その行為がどういう結果になるかは
決定づけられないことですが、
【子どもが大人になった時、
    確実にその時期の行いは
         その子に反映されます】

ですから小さな子どもに
何もわからないからと言って手を抜かず
むしろ徹底して向き合ってほしいと思います。
ひとまず、取り組んでほしいことを
5つ書いておきますので参考にしてみてください。

【目を見て話す】
24時間365日のお世話ですから
たまには手を抜いてしまうのは当然のこと。
100%絶対、とは言いませんが
”7~8割程度は実行しておいてください”
人間は『非言語コミュニケーションが』
とても大切なことだと言われています。
赤ん坊だし、やることはやってるし、
放っておいてもバレないだろう……といった
浅はかな考えは捨ててください。

【優しい声で話す】
まだ思考で判断できないお年頃では
”五感による感覚刺激が重要で”
例えば怒鳴り声や鳴き声が聞こえると
小さな子どもや赤ちゃんは
『本能的に身の危険を感じるので』
いつも穏やかに安定した優しい声で
話しかけてあげてください。

【喜びと楽しさだけで過ごす】
上記と同じ意味合いになりますが、
人間には喜怒哀楽の感情が備わっていますが
「怒り」「哀しみ」は見せない聞かせないことを
なるべく心がけてください。
赤ちゃんは身の危険を感じてしまうでしょうし
小さな子どもの場合では
「自分の存在がそうさせている」と判断し
その後の認知に影響が出てしまいます。

【目を離さない】
子どもは自分勝手で自由に動きたがります。
子どもがそれを望んでいるからと言って
”尊重したふりをして放置することは危険です”
何かあったときに、子どもは必ず親を求めます。
その時、親が関心を示さなかったら
子どもは身の危険を感じて絶望してしまいます。
ですから、自由にさせながらも
『必ず見守り、

   安心感を与えることで』
子どもの成長を促すことができるのです。
「見守る」と「放っておく」を

    同一に考えないでください。

【スキンシップ】
抱っこを嫌がるタイプの赤ちゃんや子どもはいますが、
基本的に小さな子たちはスキンシップが大好き。
上記でもお伝えした通り、五感が大切な時期で
スキンシップもその中の一つです。
”肌でぬくもりを感じ、優しさを受け取る”
そういう経験をしているのだと認識してください。
『やりすぎて悪影響を

   与えることはありません』
安心して楽しんでください。

再度お伝えしますが、
親御さんにも苦手はたくさんあるでしょうし
1人で抱えて解決させようとは思わないでください。
とにかく”なるべく多くの支援を確保して”
困ったときには相談できる先がたくさんある方が
心強いというものですよね(^^)
長くなってしまいましたが、最後までお読みくださり
ありがとうございましたm(__)m

※この記事は、主観が含まれます。
 全員に当てはまるものでもありません。
 複数の視点で読めるように心がけていますから
 一つの回答に絞られないこともあります。
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 あなたが生きるうえでの参考になれば幸いです。