きっかけ | 「バックパッカーがH・Ⅰ・Sの役員になった奇跡」小さな会社の未来の創り方

「バックパッカーがH・Ⅰ・Sの役員になった奇跡」小さな会社の未来の創り方

出来ない事はやらないことだとHIS創業者「澤田秀雄」氏から学んだ。ベンチャー魂と自ら経験した多くの失敗が成長の奇跡を創る。伝える事よりも伝わること!直ぐに実践したくなる、熱き魂に触れてください。

 きっかけ

小学生の6年の1学期が終わった時に父の転勤により転校する事になった。

卒業まで2学期を残しての転校は非常に悔しい思いをした。仲の良い友達との別れもさることながら

新しい小学校での生活が2学期間しかないこと、故に思い出の共有が誰ともできない事。

果たしてそんな状態で友達が出来るのだろうかと不安であった。

その不安は転校と同時に「いじめ」という形で現れた。 それも主謀者が分からない陰湿なものだ。

靴箱の靴が隠されたり、机の中に入れた教科書が捨てられたり、暗に仲間外れをされたりと・・・・

学校に行くのがいやだった。 学校というよりその教室に入るのが、少しずつ人間不振に陥ってきた。

自分を支える為にいつも頭の中で計算する。中学に入るまで、入るまで、後、数ヶ月の辛抱だと。


中学入学と同時に強い対応を取った。 僕を苛めたであろうクラスメイトからの誘いに一切応じず、からかって来る人間には力でねじ伏せ。彼らも含め一部の人間以外とは一切の付き合いを止めてしまった。

存在感がない人間? になってしまったのだ。 出場必須のクラスマッチの選手名簿にも僕の名前はなかった。忘れられていたのだ。 


僕は大人の社会と関係を持っていった。 駅前にある喫茶店の常連になったのだ。そこは僕にとってパラダイスだった。 大人の香りのするストレートコーヒー、美大出身のママとマスターが語る芸術論や哲学の話、個性的な常連の人たちとのコミュニケーションは僕を大人への階段を一段飛ばして歩ませてくれた。

ジャニス・イアンの「セブンティーン」を聴きながらメランコリックに耽る事も高野悦子の「二十歳の原点」を読んで切なさを覚えることも、マッコイタイナーの「フライ・ウィズ・ザ・ウィンド」を聴いた時のセンセーショナルな感激がジャズへの興味の発端になったことも、マスターの手作りメニューから料理への興味を持ったのも全てが「メルヘン」という喫茶店だった。・・・大人へのきっかけ 無理をしなくても年を重ねれば大人にはなる。 その時の僕は大人になりたいのではなく、中学生の自分が嫌だったのだ。

五木寛之「青年は荒野をめざす」 小田実「何でも見てやろう」

僕を旅に誘うきっかけを創ってくれた2冊の本。

今でも僕の書棚には仲良く並んでいる。

中学生2年の時からお小遣いとアルバイトで自転車やバスを使って九州管内を旅して回った。

高校生の時はゴルフ場のキャディのアルバイトでお金を稼ぎ、四国、中国地方へと旅を重ねた。

高校を卒業後、上京し専門学校に通いながら肉体労働のバイトでお金を貯め、19歳の時、初めてヨーロッパへと一人旅をした。それから30年、今まで行った国は90カ国以上、渡航回数は100回以上… 中学の時に通った喫茶店での大人たちとのコミュニケーションと2冊の本がその後の僕の人生を運命付けた気がする。 ・・・ありがとうかなぁ?

僕の会社ビッグ・フィールド・マネージメント (株)を覘いてください。