アーナパーナ瞑想からヴィパッサナー瞑想になり、

 

相変わらず朝から晩まで一日中瞑想しているわけですが、

 

だんだんと座り方にも慣れて来て、

 

妄想やイメージは相変わらずすぐやってくるものの、

 

自分の体をじっくりと観察し、

 

思いにとらわれなくなることも少しづつできてきた頃、

 

集中する時間が長くなってきました。

 

1時間の瞑想時間がすぐに終わってしまうことも。

 

第5日目の午後の瞑想の時、

 

じっくりと体を観察し、その範囲を広げて流れるように見ていると、

 

自分の体とそれを見ている自分の心(?)が

 

完全に離れる瞬間がありました。

 

ふと、「体は心の入れ物だ。」と体感するに至ったのです。

 

どこかで聞いたことのある言葉ですが、

 

「いつかこの体を離れる時が来て、『私』は体を返すんだ。」と

 

実感しました。

 

返すって、誰に?何に?神様?自然???それはわからないけど、

 

体を離れる時が確実に来るんだ!と、思った時、

 

「ありがとう。」という言葉が出て来ました。

 

『私』が借りていた入れ物としての体に、ありがとう。

 

愛すべき、愛しい、入れ物=体。

 

いつも一緒だったけど、一緒でいられない時が必ず来る。

 

それが私が「旅立つ時」なんだ。

 

 

あ、今、私はイメージしているのだろうか?

 

ヴィパッサナー瞑想的に、客観視して、

 

自分は今本当に感じているのか、イメージしているのかを見てみる。

 

 

気持ちの高ぶりはあるか?無いか?を客観視してみる。

 

あれ?私の頬にあたっているのは涙だ。

 

私の目から涙が出ている。

 

こみ上げているのかな?とまた客観視すると、

 

心はいたって平和で静かな様。

 

だけど、涙がどんどん出てくる。

 

鼻水も、出てきた。

 

私はイメージの中で涙しているんだろうか?

 

気持ちはとても満たされている。

 

言葉にするとありがとうだけど、

 

言葉にできないとても自然で静かな心。

 

今まで「私」を作ってきた体。

 

色んな痛みを色んな歓びを色んな歴史を作ってきた。

 

いつもこの体と一緒だった。

 

ありがとう。ありがとう。ありがとう。

 

 

 

 

どんどん、どんどん、涙と鼻水が溢れ出てくる。

 

ポケットにたまたま入っていたハンカチで拭うけど、

 

これはもうティッシュが必要だな。

 

センターが一人に一枚貸し出している毛布が涙で濡れるから

 

拭かなきゃ。

 

と、瞑想を中断し、

 

ホールの外に用意されているティッシュを取りに行った。

 

めっちゃめちゃ鼻をかんで、いっぱい鼻水出して、

 

息ができるに鼻を通して、また自分の場所に戻る。

 

周りは当たり前だけど、みんな目を閉じ、瞑想中だ。

 

静かなホールに静かに戻る。

 

何だか、現実であり、夢の中の出来事の様でもあり。。。

 

 

また、神経を呼吸に集中してみる。

 

さっきまで、あんなに涙が溢れていたのに、

 

鼻水と涙がぐちゃぐぢゃだったのに、

 

まるで、何事もなかったみたいに、

 

また体を観察していく。

 

そして、私は確信した。

 

「私はこの体と生きていく!」

 

借り物の体、でも替えることの出来ない体。

 

いつか、返す時まで、この与えられた体を大事にしていく。

 

当たり前のことだけど、改めて大事な事を再確認した。

 

 

ヴィパッサナー瞑想では、イメージや妄想をすることなく、

 

できるだけ現実のありのままの感覚を観察する瞑想法なのですが、

 

この瞬間だけ、少し道を外れていました。

 

 

つづく。

 

 

 

 

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