昨日の続きです
《蘭渓道隆像》
1271年 建長寺
禅宗の肖像画は
頂相(ちんぞう・ちんそう)と呼ばれ
もともとは中国で
弟子に渡された師の肖像で
確かに悟りを得たという
伝法の証明書でした
中国へ留学した
栄西(えいさい/のちの臨済宗開祖)や
道元(どうげん/のちの曹洞宗開祖)が
禅宗を持ち帰ったことで
建築では禅宗様
絵画では頂相が定着していきました
上の絵の蘭渓道隆(らんけいどうりゅう)は
南宋からやってきた禅僧で
1253年 北条時頼の帰依を受け
鎌倉に建長寺を開いています
建長寺 禅宗様
日本では
平安時代以前の人の顔は
絵巻物をみてのとおり
「引目鉤鼻」(ひきめかぎはな/細長いひとすじの目とくの字型の鼻)で
皆同じように描かれていました
平安時代末から個性ある人物が
描かれ始めますが
細く短い線の引き重ねで
顔の特徴を端的にとらえたもので
陰影はありません
こうした肖像画は鎌倉時代
「似絵」(にせえ)と呼ばれていました
一方 宋から伝えられた「頂相」は
人となりが伝わる克明な写実的描写
その後の日本の肖像画に
大きな影響を与えていきました
観寂 《春日宮曼荼羅図》
1300 湯木美術館(大阪)
垂迹画(すいじゃくが)とは
本地垂迹説(ほんじすいじゃくせつ)に
基づいた絵画のこと
仏を本地(ほんじ/本来の姿)
神を垂迹(すいじゃく/仮の姿)として
日本古来の神々は
仏教の仏が姿を変えて現れたと考える
神仏習合思想を背景としています
鎌倉時代 本地仏を
密教の曼荼羅のように配した本地曼荼羅や
この《春日宮曼荼羅図》
(かすがみやまんだらず)のような
俯瞰した風景の中に 神社の社殿を配し
本地仏も描く宮曼荼羅などが制作されました
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出題:美術検定2級問題集ー応用編:アートの知見を広げる 美術出版社 2019
参考図書
改訂版 西洋・日本美術史の基本 美術検定1・2・3級公式テキスト (株)美術出版社 2019
続 西洋・日本美術史の基本 美術出版社 2018
増補新装 カラー版日本美術史 辻惟雄監修 美術出版社 2020