昨日の続きです
1964年
スイス出身
モダニズム建築の巨匠
フランスを中心に活躍
「家は住むための機械」という言葉のもとで
機能的な建築をめざします
彼が開発した工法ドミノ・システムは
柱によって上層を支える構造
重厚な壁が必要ないため
建築設計は飛躍的に自由なものとなりました
国立西洋美術館(上野)
1959年基本設計
663highland, CC BY-SA 3.0 , via Wikimedia Commons
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/9/9d/National_museum_of_western_art05s3200.jpg
jeanbaptisteparis from Cambridge, MA, USA, CC BY-SA 2.0, via Wikimedia Commons
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/e/ee/Villa_Savoye_%288237925975%29.jpg
昨日の問題に
建築家の残した言葉が4つありました
「装飾は罪悪である」といったのは
アドルフ・ロースでしたね
「神は細部に宿る」 ファン・デル・ローエ (次の問題にでてきます)
「形態は機能に従う」 ルイス・サリヴァン
そして今日の
「住宅は住むための機械である」 ル・コルビュジエ
です
ミース・ファン・デル・ローエ
ワイゼンホーフ・ジードルンク展のアパート 1927年
モダニズム建築の始まりは
1907年に
ミュンヘンで結成されたドイツ工作連盟や
1919年にワイマールで
設立された造形学校バウハウスです
上のアパートは
ドイツ工作連盟主催の住宅展覧会で建設された
モダニズム建築の実験住宅群のひとつ
ミース・ファン・デル・ローエが
全体計画を立てて
ル・コルビュジエやグロピウスら
17人の建築家が参加
様々な住宅が建設されました
ワイゼンホーフ・ジードルンクの
住宅群はこちらを
ミース・ファン・デル・ローエ(1886-1969)
ドイツの建築家
ル・コルビュジエと
フランク・ロイド・ライトと共に
近代建築の3代巨匠
ドイツ工作連盟についてはこちらを
3級Q.137
そして1928年に開催された
CIAM(近代建築国際会議)が
モダニズム建築の理念確立の重要な場となりました
その会議に出席したのが
バウハウスの初代校長グロピウス
3代目の校長でもあったミース・ファン・デル・ローエ
ル・コルビュジエら24人のヨーロッパの建築家です
1928年最初の会議 ラ・サラ(スイス)
出展https://commons.wikimedia.org/wiki/File:CIAM_1928_-_La_Sarraz.png
彼らが追求した
機能的・合理的で装飾のない建築が
各国へと広まり 受け継がれて
モダニズム建築と呼ばれるようになりました
シーグラムビル
出展https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Seagrambuilding.jpg
世界中に広まった
鉄とガラスによるオフィスビルを
初めて提案したのが
ミース・ファン・デル・ローエです
バウハウスについてはこちらを
ちなみに他の答えの特徴は…
②幾何学的で優美な形態を持ち、装飾性にあふれた建物
→アール・デコ様式
③装飾性や折衷性、過剰性などの回復を目指した建物
→ポストモダン建築
④非線的な手法が採用され、幾何学でアンバランスな形態の建物
→脱構造主義建築
出題:美術検定2級問題集ー応用編:アートの知見を広げる 美術出版社 2019
参考図書
改訂版 西洋・日本美術史の基本 美術検定1・2・3級公式テキスト (株)美術出版社 2019
続 西洋・日本美術史の基本 美術出版社 2018
増補新装 カラー版 西洋美術史 美術出版社 2021
芸術教養シリーズ7 欧米のモダニズムとその後の運動 近現代の芸術史 造形篇I 林洋子編 幻冬舎 2013