忘れないでおこう | ゆみこ姐さんが時々書く日記

ゆみこ姐さんが時々書く日記

子宮推命を使った占い師をしています。
幼い頃から平凡とは言えない環境で育ち、『普通』を夢みて大人になったものの、結果的に波乱が多い笑
思い通りに自由に生きたら人生は楽しい♪

今日、

母の主治医だった脳神経外科の先生に会った。

それも偶然に。

20年ぶりくらいである。

 

 

 

奥様と一緒におられて、

『もし人違いだったら申し訳ないんですけど、

上野先生ですか?』と聞いたら、

そうだった。


 

『久米子の娘です』

と言ったら、先生も覚えていてくれて、

しかも奥様まで母を覚えていてくれて(←会ったことはない)

きっと先生が話していてくれたんだろうなと思うと、

涙が出た。

 

私の母は、

母が40歳の時に脳腫瘍があることがわかり

そこからずっと病院に通っていた。

当時の私は小学校3年生だった。

 

そこから、母親が死ぬまでの22年間

通院や、繰り返す入退院のたびに

私もその先生に会っていたので

懐かしさが込み上げてきた。

母との思い出を共有している人である。

 

母が亡くなった後に、

『22年間も見続けた患者さんは久米子さんだけです。

久米子さんの頭の中にどんなもの(腫瘍)があったのかは僕にもわからないままでした。』

そう言った先生の言葉がとても印象的だ。

母は開頭手術をしなかった。

 

当時の母が受けた余命宣告は

『いつ死んでもおかしくないです』

だったはずなのにね笑

その後22年も生きるなんて

誰も思ってなかったのかもしれない。

 

母が亡くなった時に泣いてる私たちに叔母が言った

『おかーさんは、ゆみちゃんたちが大きくなるまで一緒にいたいって言ってたんだから、

それができて良かったんだよ』


おかーさんはそんなことを言ってたんだ。。

だったら良かったなと思った。


 

母の葬儀にその主治医の先生が来てくれた。

こう言っちゃなんだが、

お医者さんにとって患者さんが亡くなるなんて

珍しいことではないんじゃないかと思う。

先生と母の22年間も特別なものだったのかもしれないな。

 

母が亡くなって今年で19年になるのかなー

20年だっけ?

 

鮮明に母を思い出す一日でした。






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