なぜ私の世界観〜My Story~を描こうと思ったのかは、こちらをご覧くださいね♡
1話目の今日は、「三角の小さなお家」です♪
出身は、東京です。というと
「あ〜、そんな感じがします。」と言われることが多いです。
別に自慢ではありませんよ。確かに都会は好きなんですけど
本当は、そんなイメージほどあか抜けた人生ではありません。
何かいつもみんな勘違いしているな〜って感じます。
目黒区に家はありましたけれど、ちっちゃな三角のお家でした。
その家に、私は、1961年3月に生まれました。
予定より少し早く2520グラムで生まれてきた女の子で
未熟児すれすれの体重。鼻の高い美人だと母は思ったそうです。笑
親バカですね!母はとにかく、自分のお腹からこんな人間が出てきた!
ということに驚愕していたらしいです。
日蓮宗寄りの両親は、私が3歳になるまで頭を丸坊主にすることが良いと言われたらしく、何と、私丸ボウスでございます!笑
(父と)
父は自営で繊維業を営み、家の一階の作業場で、来る日も来る日も編み物機を動かす作業を一人でしていました。母も、いつも忙しく父を手伝っていました。
下請けですが、一人でやっていたので、フリーランスと言えばいいのかな?
手先が器用で丁寧な仕事をする人なので、職人的気質。
きっとそこが、親会社に信用されていたところだったのでしょうね。
家は目黒区柿の木坂で、うちの隣に祖母の家、その隣に叔母の家があり
母方の家族ととても近い環境でした。いわば大家族。
そのおかげで両親は共働きができました。
食生活はいたって質素。
私が覚えている「焼売」はピンクのソーセージの上に、なんと
グリーンピースが一つのっているものなんですよ〜!!
でもね、隣のいとこの家では、横浜「崎陽軒」の焼売を食べていたのですよ〜。
焼売だけでなく、おもちゃや着るものから何から何まで全てが違っていて
あの「リカちゃん人形」すら、私持っていませんでした。
だから、いつもいとこのところに行っていて自分の家には、なかなか帰ってこなかったみたいです。「いいなぁ〜、いいなぁ〜、いとこはいいなぁ〜」と当時は、なんでうちだけこう貧乏なのかと思っていました。
いとこの家にはなんでもある。けれど、うちにはなんにもない。
もうね〜、The glass half empty って言いますが
コップの中にお水が半分入っていたら
典型的な、半分しか無い方の思考型。
おまけに、自分の家の2階で走り回れば(子供なんだから当たり前!)
下で仕事をしている父に「ウルサイ!」と怒られる始末。
今思うと、褒められた記憶ってあんまり無いのです。口下手の父のせいなのか、両親もあまり褒められた経験がなかったのだと思います。
幼稚園では、極度の恥ずかしがり屋でした。
駆けっこは、いつもビリ。
何をやらせてもとろくて
幼稚園の発表会の前には必ず熱を出していたという子でした。
そんな環境の中、私はいつのまにやら
ウチにはないものだらけ
↓
だから
私には無い。持てない。
走ったり、やりたいことをやると怒られる
↓
だから
私がやりたいことをやると怒られ、迷惑をかける。
褒められるように一生懸命やっても失敗するかがっかりさせてしまう。
↓
だから
私は、人を落胆させてしまう、価値のない子。
って、自分で思い込むようになってしまったのですよ。
生真面目な父。でも、怒られることの恐怖。
そんな気持ちのミックスでした。
だから、救いは、いとこの家にいることだったのです。
しかしながら、親は親。
次回は、私がしっかりDNAを引き受けた両親についてです。
第2話「#2• 父と母と私の喘息」はこちらです♪
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