音楽の功罪 | beyondintegrityのブログ

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今の仕事場はちょっとしたオープンスペースになっているのですが、

数日前に、そこでセミナーがあるということで、
外部の方がたくさん入ってこられました。

今回で、その状況になったのは数回目でした。
関係ない僕はその横で仕事を続けるのですが、

いつもと違うことをやろうと思って、
集中力を保つためにイヤホンをつけて音楽を聴くことにしました。
(いつもはそのまま受け流すようにしているのですが)

大ファンの東京事変をランダムでかけてみたのですが、
久しぶりだったこともあって、素晴らしく新鮮で、本当に感動しました。
林檎さまを始め一流ミュージシャンであるメンバーの方々に畏敬を抱きつつ、


同時に、僕があまり音楽を聴かなくなった理由を思い出しました。


僕は子供の頃からとても音楽が大好きで、
音楽を聴いていない時間がほとんどないくらい、
大人になってからもひたひたに音楽に浸っていました。

ところが、あるとき気が付いたのです。
仕事で成果を出している人、人として魅力的だと思う人で、
イヤホンを付けて音楽を聴いている人がほとんどいない、ということに。

始めはこの相関関係には気付いていなかったのですが、
いろいろと勉強を進めていくうちに、わかっていったことがあったのです。

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音楽には本当に素晴らしい力があります。


古代から、楽器は軍の兵士を鼓舞するために使われていました。
組織化された軍楽隊が存在することは、ある種のステータスになっています。
現代の企業組織においても、音楽を使って
組織をまとめる手法を使っているところがあるそうです。

セラピストも、精神的な傷やストレスから解放するために、
あるいはパワーをもたらすために、効果的に音楽を使います。
映画においても、情景を強調するために音楽が使われます。

世界中のあらゆる文化において、音楽は重要な位置を占めてきました。
独自の音楽があり、踊りがある、というのが文化の中枢だとも言われているくらい、

人間の根源的なものに関わるものなのかもしれません。


反面、その音楽の強い力によって、
感情や認識力が左右されすぎる、ということがあります。

悲しい音楽を聴くと、悲しい気分になります。
勇ましい音楽を聴くと、勇ましい気分になります。


これは目の前の現実とは関係なくやってくる感情です。
この感情が、必ずしも生産的・建設的でなかったり、
周囲に(長い目で見たときに)幸せをもたらすものではなかったりするという
危険性をはらんでいるのです。


目の前の現実を直視し、最悪の事態も想定しつつ
それでも自分の希望を見失わないという精神的強靭さというのは、
自分の中で(音楽の助けなしに)身につける必要があるんだと思います。

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音楽プレーヤーのキャッチコピーで

「音楽がなければ、生きていけない」

というのを見たことがあります。


音楽というのは本当に素晴らしいもので、
情熱をかき立て、インスピレーションを与え、
また弱った精神に優しい栄養となって、活力を与えることができます。
(それによって、何度助けられてきたことでしょうか。)

でもこれはある種類の精力剤、痛み止めのようなものです。
即効性があるが故に、中毒性もあるのです。

あまり使いすぎると、その効果は薄れ、
依存するようになっていってしまいます。
本当に「それなしでは生きていけない」状態になりかねません。
(こういったものは、あらゆる嗜好品が当てはまると思っています・・・)


とても大好きで大好きでしかたのない音楽を手放すことに、
最初は勇気がいりました。

でもそのかわりに得たものは、強い精神力と、
結果的に音楽に対する繊細な感受性を保つというだったことに、
林檎さまのお声を拝聴して改めて気付いたのでした。

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今の季節はクリスマスソングをよく流れていて、
素敵な気持ちにさせてくれることもあります。
そういうときには、それをたっぷり味わいたいですね。

そのような感性も持っていることは、人生の歓びの一つだと思います。
やっぱり僕は、音楽が大好きなようです。