登る山がリアルになれば、課題が鮮明に | beyondintegrityのブログ

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最近向かい始めた目標について考えている今日この頃。
いつの間にか、その大きな山を登り始めていたのですが、

目指す山頂を間近で見て、初めてわかったことがあります。



一つ目は、それまでの自分が、麓の森の中にいたということ。

森の中は、とても多様な生物がいて、季節や朝晩での変化も富んでいて、
目紛るしく時間が過ぎていきます。
時にはその変化を楽しんだり、豊潤な自然の恵みを授かったり、
あるいはその変化に対応するために忙殺されたり、恵みに対する感謝がなくなったり。

ところが、少し山を登って見渡せた景色は、
その森の中で見ることのできた視界とはまるで別世界でした。

さらに今までずっといたその森を、鳥の目で一望することができました。


自分がずっと住んでいたあたりはここで、
そこからどういうふうに歩こうとしていたか、
あるいはどういうふうに歩いて来たか、

そんなことが見えるような気がしました。




二つ目は、森の中に生きるために必要なことと、山を登るために必要なことの違いです。

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山を登るためには、まず体力が必要。
鍛えておかなければ、登りきることができず、
挫折感を味わったり、帰る体力すらなくなって、再起が困難になったりします。

また、精神力も必要。
登山中にどんな化け物が出るかわかりません。
視野の狭い暗い回廊を歩き続けることになって、不安や絶望がやってくるかもしれません。
その不安を見透かすように、山を降りたほうがいいんじゃないか、
という「錯覚」が起きるかもしれません。


道具を揃えておくことも必要。
裸で高峰を登ることはできません。

寒さに耐え、尖ったトゲを除き鋭い岩をつかみ、
2本の足で歩き続けるための服、手袋、靴など防具が必要ですし、

十分な食料、水、酸素など、身体の維持に必要なものもあります。
きちんと休息をとるためのテント、暖を取るための燃料も必要。

健康的に登山が出来なければ、頂上にたどり着いても、
その眺めや達成感を味わうことができないかもしれません。


さらに、一緒に登山をしてくれる仲間、

一人では超えられない岩壁があるかもしれません。
滑って怪我をして、動けなくなってしまうかもしれません。
雪崩が来ても、自分では気が付かず逃げ遅れるかもしれません。

辛いときには、励まし合って、乗り越える楽しさも人生の味です。


支援してくださる仲間も必要。

いざというときに、麓から救助に来てもらわなければならないかもしれないし、
森の中で大事な人が大変な目にあっていたら、知らせてもらわなければなりません。
それを知らずに頂上まで着いたとしても、帰ってから自分の不明を恥じることになりかねません。

帰ってから温かく迎えてほしいと思うのも、自然なことです。
もし迎えてくれる人がいるとすれば、その存在は本当にありがたいものだと思うのです。
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何のための登山かと言えば、自分をこれまで守り育ててくれた人達に恩返しをしたいから。
これからやってくる次の世代に、大切なものを残していきたいから。

そのために、この山を登ります。


この登山がリアルになって初めて、自分に必要な準備が鮮明に見えるようになりました。
まずは着実に、準備を進めていきます!