鹽竈神社(宮城県) | yampoo 御朱印集めの旅 

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御朱印を集める旅を始めました。

陸奥国の一之宮、鹽竈(しおがま)神社にお参りしました。

宮城県塩竈市の松浦湾を望む標高50mの小高い丘に鎮座されています。塩釜みなと祭りでは、神輿が御座船100隻を連ねて、松島湾を巡幸するそうです。

同じ境内に志波彦(しわひこ)神社がありますが、鹽竈神社の御朱印はその志波彦神社のものと両開きでセットになっており、大きく「陸奥国一之宮」と書かれています。

 

主祭神は塩土老翁(しおつちのおじ)で、左宮に武甕槌神(たけみかづち)、右宮に経津主神(ふつぬしのかみ)が祀られています。

武甕槌神(鹿島神宮の神)と経津主神(香取神宮の神)は「国譲り」を成功させた軍事的には強力なコンビで、この両神が東北を平定したときに、その先導を務めたのが塩土老翁です。

東北平定後も塩土老翁はこの地にとどまり、製塩法を教えたとのことです。

 

ところで、この塩土老翁は記紀のなかで何回か登場しています。

ひとつは、山幸彦が海幸彦から借りた釣り針をなくしてしまって困っている時に、「綿津見神の宮殿」へ向かわせた場面です。

もうひとつは、神武天皇に「東に良いところがある」と言って、東征を決意させたシーンです。

こういうところから、適切なアドバイスを授ける知恵と経験のあるお爺さまという感じです。

 

鹽竈神社には謎があります。

古い神社を訪ねると、よく「延喜式」という言葉を耳にします。

延喜式とは平安時代の中期に編纂された格式(律令の施行細則)で、そのなかに重要な神社をリストアップしている神名帳というのがあるのですが、鹽竈神社は陸奥国の一之宮であるにもかかわらず、そこに社名が無く、いわゆる式外社の扱いになっています。また、とりわけ高い神階も与えられていません。

しかし一方で、国家からは破格の祭祀料が支給されており、この朝廷の鹽竈神社に対する待遇のちぐはぐさは何故かということが解明されていないようです。

 

鹽竈神社の境外末社である「御釜神社」には、日本三奇のひとつ、四口の神釜があります。普段は赤茶色の水をたたえています。

江戸時代、仙台藩ではこの水に変化が起きた場合は直ちに報告せよ、ということななっていたらしいです。

実は、2011年の大震災の直前に、この四口のうち二口の釜の水が透明になったとのことです。更には、塩竈市を襲った津波は、何故かこの神釜を避けていったそうなんです。近くの同じ標高のところは被害を受けているのにもかかわらずです。

 

塩竃神社は本当に興味深いお社でした。