あたしは彼の服を着る。
自分の服がないわけじゃなくて。
ただそうすることが好きで、着ている。
「お前、また俺の服着てんのか」
彼はネクタイを締めながら、鏡に映るあたしをその目に映す。
「ま、いいけど」
そして再び視線を戻し、身支度に専念する。
今日あたしが着ているのは、紺のトレーナーと履き古したジーンズ。
「どう、似合うでしょ?」
彼の後ろで、おどけてポーズを取るあたし。
「ああ、似合うよ。悪い、ハンカチ持ってきて」
朝の忙しなさが、彼を素っ気なくさせる。
あたしは膨れっ面になって、ハンカチを取りにいく。
あたしは彼の服を着る。
いつも彼が着ている服は、彼のにおいがする。
「はい。これでいい?」
ハンカチを渡すと、彼は一瞬だけ笑顔になった。
「サンキュー」
だけど受け取るとすぐ、カバンにそれを入れて玄関に向かう。
「今日は多分遅いから」
靴を履きながら、行ってきますの代わりにそう言う。
「わかった」
少し唇を尖らせて、あたしは返事する。
あたしは彼の服を着る。
どうして彼の服を着るのが好きなのかって?
ドアを開ける前に、彼は立ち止まる。
そしてあたしを振り返る。
「帰るまで、ずっとそれ、着てろよ」
耳元でそう囁いた後、頬に軽くキスをする。
彼のキスは、たちまちあたしを笑顔にさせる。
「行ってらっしゃい。気をつけてね」
玄関を出て行くときの彼も、同じように笑う。
そう。あたしが笑顔だと、彼の笑顔になる。
あたしは彼の服を着る。
こうすると、いつでも彼と一緒みたいな気持ちになれる。
ちょっとブカめの着心地が、彼に優しく包まれている感触。
だからあたしは彼の服を着る。