こんばんは
いつもご訪問ありがとうございます
本日も12月18日に急逝した
女優で歌手の神田沙也加さん(享年35)について
ブログを書かせていただきます
彼女は母親である
松田聖子さんの男性遍歴からすると
きっと私たちでは想像もできないほど
小さいころから『子どもらしく振舞うこと』を
抑えていたのだと思います
仕事と恋に忙しい母親の
足を引っ張ってはいけないと
母親に
甘えること
反抗すること
そばで見守ってくれること
などを
したくても、やらなかった
きっとそのうち
そんな感情すら自分の中にあることを
見て見ぬふりしていたのではないでしょうか
沙也加さんがご結婚された2017年
彼女は名誉ある「菊田一夫演劇賞」を受賞し
『やっと誰から決められたわけでもない
自分で選んだ大好きな道に、
少しだけ自信を持てるような気がしています。
少しだけ誇ることができるような気がしています。』
※yahooニュースより
こんな言葉を残していたそうです
生まれたときから
有名歌手と俳優の娘という
フィルターで周囲から見つめられてきた彼女が
少しだけ自信を。。
少しだけ誇ることが。。
と、謙虚な姿勢を保持したまま
30歳を超えてようやく
神田沙也加という一人の女性として
周囲に認められたことに
安堵していたのだろうと思います
しかしながら、そんな
魂の奥で誰にも知られないように
大切にしていた歓びとは
真逆の感情に苛まれます
20代のころは
『30までには子どもを生みたい。
ママになって、自分が経験できなかった
“普通の家庭”を作りたい』
そうまで言っていたのに
『次々決まる仕事を
出産と子育てで休むことも想像がつかない』
『やはり親になるのはすごく怖い。
わたしにはちゃんとできないと思う』
※yahooニュースより
という考えに変わっていたそうです
せっかく手に入れた
小さな自信と誇りを手放して
理想の家庭を作ることは
すぐに決断できなかった
きっとこの先も
せっかく舞い込む仕事を
断ることなんて出来ない
そういう想いから村田充さんとの離婚を
決断されたのではないでしょうか
もしも離婚をせず
子どもを作っていたら
彼女は死なずに済んだのかもしれない
そういうことを今ごろ想像しても
何の意味もありませんが
もしも沙也加さんが
子どもを持ち、母親になったなら
聖子さんからの心配や過干渉さえも
『愛だった』
と理解できていたはずなのに。。
私も娘が2歳半のころに離婚し
心が未熟なまま恋人を作って再婚
母親らしいことなんて何もできないまま
娘は大きくなっていきました
娘が自立して初めて
お互いにちゃんと愛があった
心の深い部分で繋がっていた
ということに気づけたのは
ごく最近のことです
そんな経験もあったもので
お母さんである聖子さんと沙也加さんが
心の奥深くにある魂で分かり合えるのは
もうすぐだったのではないかと思えてなりません
母親の束縛や支配が
愛とは紙一重であることなんて
自分が母親にならなければ分からないと
女性の誰もがそう言葉にするはずです
ミュージカル女優として
お亡くなりになられたことが「早すぎる」と
宮本亜門さんがおっしゃっていましたが
私は
母親である聖子さんからの
色んな愛を知るためには
早すぎる死だった
そう思っています
ご冥福をお祈り申し上げます